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 母さんが帰ってくると真菜は母さんにまとわりついてことの顛末を機関銃のように話し始めた。父さんと僕はぐったりとソファに沈み込んでいた。なんだか疲れてしまっていた。父さんは人と言い争う事が苦手だ。僕も明日のことを考えると気が重い。  母さんは真菜の話を頷きながら聞いていた。そして時折僕と父さんに目を向けた。 「──そう。飯田さんってあのかまぼこ屋さんの飯田さんよね?」母さんは父さんを見てそう言った。 「PTAの役員って言ってたからそうじゃないか?」父さんは微動だにせずそう答えた。  ご飯の前にちょっと電話するわね。母さんはそう言ってどこかに電話し始めた。父さんは真菜に冷蔵庫から麦茶を持ってきてと頼んでいた。真菜は嬉しそうに麦茶の用意を始めた。あんなに怖い目にあったのに気にしてないのだろうか。  母さんは二十分ほど電話をして戻って来た。何も言わなかったけれどすぐに夕飯の用意を始めた。本当なら今日の食事当番は父さんのはずなんだけど母さんは何も言わなかった。それは父さんがあまりにも疲れてぐったりしてたからかもしれない。真菜も母さんのお手伝いをしていた。  夕飯がもうすぐ出来上がるという時またインターフォンが鳴った。母さんはそれが分かっていたかのように素早く対応するとパタパタと音を立てて玄関へ向かった。僕と父さんのソファから身体を起こした。 「この度は本当に申し訳ない!」男の人の大きな声が聞こえた。父さんと僕は慌てて玄関に向かった。 「ウチの馬鹿息子が勝手しやがって。親バカっていうより馬鹿親ですわ!」声の大きな白髪頭の男の人がそう言って頭を下げた。「まさかセンセイの家のことに口出すなんて思ってもなかったっていうか」 「本当に申し訳ないわあ」白髪頭の隣に立っていたのは小柄な女の人だった。年齢はたぶん爺ちゃんや婆ちゃんのほうに近いかなという二人だった。後ろにはゴリ男の父さんがバツが悪そうな顔をして立っていた。 「わざわざ来て頂かなくても。明日担任の先生と伺うと言ったんですよ」  母さんは営業スマイルでそう答えた。あんな取ってつけたような顔をするってことは相当怒ってる時だ。母さんがそう言うと白髪の男の人は大きく手を振った。「いいや、わざわざセンセイにご足労いただくなんてできませんって」  センセイ? さっきからって言ってるけど担任のことなんだろうか。 「孫はいま嫁にこってり絞られてますんで。コイツは大馬鹿野郎ですが嫁は本当にできた嫁で」 「もったいないくらいいいお嫁さんなんですよ」  ああ、もしかしてゴリ男の祖父(じい)ちゃんと祖母(ばあ)ちゃんなのか。 「会社勤めなんかしたことねえくせにルールとかなんとか言い出しやがって。しっかり言って聞かせますんで」 「そんな。説明してなかったこちらにも責任がありますから」 「センセイに責任はないわよ」  うん。やっぱり母さんのことをさっきからって呼んでるよな。  ゴリ男の祖父と祖母はペコペコと頭を下げて「手土産です」と言ってゴリ男の家のかまぼこをくれた。ゴリ男の父さんはブスくれていたものの最後には頭を下げて帰って行った。  母さんはにこやかに手を振って見送っていた。僕と父さんも外へ出てその背中を眺めていた。 「──どうしよう、かまぼこまで貰っちゃったわ」  母さんはゴリ男一家の姿が見えなくなると振り返ってそう言った。 「えっと、知り合いなの?」父さんはそう尋ねた。 「ええ。さっきいらした飯田のお母さんをいま私が教えてるの。なんかヘルパーの資格が取りたいって言うんで」  ヘルパーってお年寄りの介護のことだよな? どちらかといえば自分がされるのが先なような。隣で父さんも首をひねっていた。 「いまじゃ介護の勉強をする人も高齢化してるのよ。よかった、おかず一品増えちゃった」  母さんはそうにこやかに言うとさっさと家に入って行った。 「そういうもんなのか」父さんは小さくそう呟いていた。僕もそう思う。  とにかく明日の学校については考えなくてもよさそうだ。
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