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妹の真菜は場面緘黙症らしい。家ではうるさいくらいに喋るから僕たちは全然気がつかなかった。けど家庭訪問に来た真菜の担任の先生がそう言っていた。
「学校では、その、全然、話してくれなくて」
僕の担任のゴリラみたいな男の先生と違って、細身の女の先生は必死で額をハンカチで押さえながら辿々しく話し始めた。そういえば初めての担任だと職員室で言ってたのを聞いた気がする。
母さんはひどく驚いて湯呑みを倒した。その時は〈場面緘黙症〉なんて言葉は知らなかったんだけど、いま考えれば女の先生が「玄関口でお話しするのが通常ですが、できれば中に入ってゆっくりお話ししたいのですが」と言われた時に何かあったのかと気がつくべきだったな。
真菜は家では早口で話す。話したいことがいっぱいあるようだ。その時に少し舌が絡まってしまって『りりりりんご』みたいになる時がある。それをどうやらクラスの子に揶揄われたらしくどんどん話さなくなって、しまいには授業中に先生に当てられても答えることすら出来なくなってしまったらしい。
「私が、もっと、気をつけて、いればと」女の先生は今度はハンカチをギュッと握りしめたまま下を向いてしまった。母さんはテーブルからお茶が滴ってるのに呆然として動けないでいた。僕はその時扉の陰からそっと覗いていたんだけど、何が起きてるか分からずに溢れたお茶のことばかり気になっていた。
真菜はそれからいろんな検査を受けたけど、結局は理由は分からなかった。
「この年齢ならそんなに珍しいことじゃないですよ。特に真菜ちゃんは小学校に入ったばかりだし引っ越しもあった。環境が大きく変化したときに起きやすいという報告もありますし。このまま様子をみましょう。もちろん周りのサポートは必要ですが」
ベテランっぽいけど優しげな男の医者がそう告げると、母さんと会社を休んだ父さんと何故かやってきた真菜の担任の先生は首が取れそうなほど頷いていた。
真菜の担任の先生は僕の担任にも相談してるらしく、廊下でゴリラ担任が真菜の担任の先生と話してるのを見かけた。その時にゴリラ担任が勢い余って真菜の担任の先生の手を握った。たまたま近くをお局先生が通って「本田先生、それはセクハラですよ」ってきつく注意されてた。それもあってか僕はゴリラ担任に「妹のことはちゃんとフォローしないとな」と言われクラスの係から外されている。係になると帰りが低学年よりずっと遅くなるからだ。ゴリラ担任は怖いけどそういうところは優しいんだなと思った。
真菜は僕とも学校では話さないけれど、学校を出るとやっと小さな声で話すことができる。家に帰れば普通に話せた。だから僕は真菜と一緒に学校に行くし、帰りも一緒に帰るようにしていた。グループ登校は真菜にとっては苦痛らしいと医者が言っていたので僕が引き受けることにした。母さんや父さんが一緒に行きたがったが、それは僕が反対した。特別に親と一緒に登校するなんて今はいいけど学年が上がったら余計に揶揄われると思ったからだ。
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