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 十歳の僕は、中学生の兄と待ち合わせをしていた。中学校からの帰宅ルートにある公園で落ち合って、おやつを買いに行く予定だった。彼が時間通りに公園の入口にいたのが、同級生にも目撃されていた。  優しい兄が待ってくれていたのに、僕は自分の帰り道に、友だちとお喋りにふけっていた。急いで家に帰ってランドセルを放り投げた頃には、どう頑張っても遅刻してしまう時間だった。  なんて馬鹿なことをしたんだろう。僕は結局、兄に会えなかった。  飲酒運転のトラックが公園に突っ込む事故に、彼は巻き込まれた。即死だったそうだ。  僕が時間通りに約束を守っていれば、兄はその場にいなかった。以降六年間、僕は何度も同じ夢を見ている。  背の高い草が生い茂る場所で、向こうに人影が見える夢。その背格好から、それが兄の佑一であることを僕はすぐに悟る。と同時に、恐ろしくなる。おまえも早くこっちにこい。そう言っているような気がして、逃げ出したいのに足は一歩も動かない。  制服姿の彼の顔には、真っ黒な影が被さっていて、表情はわからない。どんな顔をしているのか、見えてしまうのが怖くて堪らないのに、凝視してしまう。  そして兄の恨みごとを聞く前に、僕はなんとか悪夢から目を覚ます。  あれは彼の亡霊だ。霊は僕を引き込みたくて、向こうの世界に誘っているんだ。僕はそう信じていた。  もしかしたら、それは大きな間違いだったのかもしれない。  翌朝、繰り返す二十五日の中で、僕は仏壇の前に座った。線香のにおいに鼻をくすぐられながら、遺影の中で笑っている兄をじっと見つめた。  その日、僕と葉月はほぼ同じ時刻に到着した。お互いに手を振り合って、軽い挨拶をする。 「佑二、どこ行く?」  問いかける葉月に、僕は近くの喫茶店の名前を出す。彼女は少しだけ目を見張って、「行こう」と笑った。  僕は彼女との時間を大事に過ごした。下ろした黒髪の艶も、ほんのり赤く染まった頬も、透明なマニキュアを塗った爪の長さも、葉月のことなら子細に思い出せるよう目に焼き付けた。「そんな見ないでよ」照れくさそうな笑顔も、永遠に忘れない。  僕の提案に、彼女は明確に驚いて僅かにたじろいだけれど、すぐに大きく頷いた。  店を出てから、少し長い距離を歩く。懐かしい思い出を語りながらだと、いくらでも歩ける気がする。  花屋で買った花束を抱いて、再び歩き出す葉月は嬉しそうだった。白いユリやピンクのスイートピーに顔を近づけて微笑む姿は、とても綺麗だった。 「……どうしたの、急に」  そして、ゆっくりと問いかける。 「最後の日だから、ってこと?」  僕もゆっくりと首を振る。 「昨日の葉月に言われたから」  きょとんとする彼女は「なにそれ」と呟いて、「変なの」とくすくす笑った。
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