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6
僕は、あれから一度も、彼が亡くなった公園を訪れていなかった。僕を恨む兄が入口に立っているような、そんな気がして近寄れなかった。
だけど、三月の日差しを浴びる公園に、亡霊の姿はどこにもなかった。
公園に入り、敷地の内外を隔てる花壇の足元に、葉月が花束をそっと供える。ひさしぶり、と声に出さず呟いたのが、唇の動きで耳に届いた。
並んでしゃがみ、手を合わせて目を閉じる。兄貴、ごめん。僕は今まで何度も繰り返した謝罪を心の中で改めて口にする。ごめん。だけど、どうするべきか、もうわかったよ。
目を開けると、数秒後に葉月も瞼を開いた。じっと花束を見つめる彼女の瞳は、やがて僕の方を向いた。
「佑二、ずっと避けてたでしょ。この公園」
どうかな、僕は呟いて立ち上がり、花壇の縁に浅く腰かける。
「避けてた。絶対」口を尖らせる彼女も、すぐ横に腰を下ろして微笑む。「でも、一緒に来られてよかった」
しばらくの沈黙が下りた。でもその沈黙は気まずくなくて、むしろ爽やかに感じる心地良ささえあった。
「ゆう兄のお願いごと、知ってる?」
知ってるけど、僕は知らないと言った。昨日の葉月が教えてくれていたけど、「ねがいごと?」ととぼけてみせる。
「……事故に遭う前の日ね、私、おつかいの途中でゆう兄に会って、一緒に話したの。一番星が見える頃で、もし流れ星が見えたら、何のお願いするって話になって」
僕が黙って頷くと、彼女は僅かに顔を歪めた。それは、辛さや悲しみの感情に繋がっていた。
「私は、そのとき流行ってたおもちゃが欲しいとか、そんなことを言った気がする」
「兄貴は、なんて」
「……佑二とはーちゃんが、ずっと一緒にいられますようにって」
それが、兄の願いだった。僕と葉月がこの先も仲良く隣にいられることを、彼は願ってくれていた。
手の甲で目元を拭って、葉月は少し先の地面をじっと見つめる。僕も、何もない地面を見る。
「行こう」
立ち上がった僕に、葉月も頷いた。
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