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 シャツにジーンズ、昨日と同じフリースジャケットに袖を通して家を飛び出し、電車に乗った。空いている席に座って改めてスマホを確認して気がつく。三月二十五日の土曜日。画面は昨日と同じ日付と曜日を示していた。  頭が混乱する。ネットの検索ページで「今日の日付」と入力してみたけど、結果は三月二十五日だった。SNSやネットニュース、ゲームアプリを開いてみても、全て三月二十五日の日付。どういうことだ。確かに僕は昨日の三月二十五日土曜日に、葉月とデートをしたはずなのに。  電車を降りて改札を抜けて、駅前の広場に小走りで向かう。昨日と同じ時計台下のベンチには、薄桃色のダウンジャケットを着た葉月の姿があった。 「ほんとに寝てたの?」  怒り半分呆れ半分の顔で、葉月は僕を責める。咄嗟に「ごめん……」と謝ってしまう。 「でも、今日って二十六日だよね、日曜日」 「何言ってんの。今日土曜でしょ」 「いや、昨日デートしたじゃん。ここで待ち合わせして、本屋とか行って……葉月、昨日もそのダウン着てて」  ぽかんとした顔で僕の言い分を聞いていた彼女は、今度は困った顔をした。まるきり理解されていない雰囲気に、僕はスマホを取り出す。そういえば昨日、葉月から連絡を貰っていたはずだ。  だけど、彼女とのやり取りに、昨日のメッセージは含まれていなかった。あと五分という彼女からの連絡は、綺麗さっぱり消えている。削除の形跡すらなく、今朝の「どこにいるの?」を遡ると、二十四日のやり取りが表れる。 「どうなってんだ……」 「それはこっちの台詞だよ。佑二、大丈夫? 夢見たんじゃないの」  次に心配そうな顔つきで僕の様子をうかがうのに、「でも」と僕は更に食い下がろうとした。だけど、何と言えばいいのかわからない。僕の頭の中にしかない昨日の記憶は、相手を納得させる証拠にはならない。 「疲れてるなら、今日はやめとく?」  葉月の言葉に、僕は咄嗟に首を横に振った。  もしかしたら、僕は長い夢を見ていたのかもしれない。今日が本当の三月二十五日で、単に僕が寝坊して遅刻をした、それだけのことなんだろう。 「……夢だったのかな。ほんとごめん、葉月」 「しょーがないなあ」  彼女と一緒にいられるタイムリミットはあと僅かなのに、一時間も無駄にしてしまった。それを悔いる僕に、葉月は笑って手を差し出す。その手がすっかり冷えているのに申し訳なく思いながら、僕は握り返す手に力を込めた。  今日は駅の近くの喫茶店に長居した。話が弾んで、そのままそこでお昼を食べて、やっと店を出てから街を歩く。服屋のマネキンがすっかり春服を着ているのを見て、寂しくなる。お気に入りのカーディガンを羽織る葉月と歩くことは、二度とできないから。  道に出ているキッチンカーでクレープを買った。僕はチョコバナナ、葉月は苺に蜜柑、マンゴーの詰まったスペシャルなやつ。それを食んで幸せそうに「おいしい!」と笑う彼女と一口ずつ交換した。僕の口の端についた生クリームを指先ですくってぺろりと舐めて、葉月は照れくさそうにはにかんだ。涙が出そうなほど愛おしかった。  そして、僕は今日も涙を止められなかった。 「さよなら」  暗くなってきた駅前に戻った時、彼女は瞳を潤ませてそう言った。 「さよなら」  僕の頬も、涙が一筋伝って落ちた。
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