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これは覚めない夢なのか。それにしてはあまりにも感触がリアルだ。昨日食べたクレープの甘みも、握りしめた葉月の手の柔らかさも、到底夢だとは思えない。別れの苦しさも、頬を伝う涙の熱も、何もかもが現実味に溢れている。
僕だけが、三月二十五日を繰り返している……。
恐ろしい想像に身震いする僕は、今日も葉月と駅前で落ち合う。彼女が羽織っているのは当然、薄桃色のダウンジャケット。
「佑二、約束忘れてなかったよね」
軽く僕を睨む彼女に、まさかと返した。じゃあ、いこ。そう言って僕の手を引く彼女は、まるでこのループを知らないみたいだった。
今日はCDショップをぶらぶらしてから、昨日とは異なる喫茶店に入る。
「ねえ、何考えてるの」
ボックス席で向かい合って、注文したシーフードドリアをスプーンですくって食べながら、葉月は怪訝な顔をした。
「なんか今日の佑二、変だよ」
フォークにナポリタンを絡める手を止めて、僕は目を伏せる。やっぱり葉月は気づいていない。
「あのさ……」
ごくりと唾を呑みこんで、僕は切り出した。
「今日が繰り返されてたら、どうする」
僕に合わせて神妙な面持ちをしていた彼女は、沈黙した。
「……どういう意味?」
やがて至極当たり前の言葉を口にした。「よくわかんないんだけど」付け足して、ドリアの乗ったスプーンを咥える。
「だから、その……今日をさ、僕は昨日も体験してるんだよ。一昨日も」ますます眉根を寄せる葉月に、「信じられないかもだけど」と言って続ける。
「昨日も三月二十五日の土曜日だったんだ。そしてその前の日も。僕は葉月と出かけて、最後のデートをした。さよならって言って、別れたんだよ。それなのに、次の朝になっても二十六日が来ないんだ。また二十五日に戻って……つまり、繰り返し今日がやってくるんだ」
僕の下手くそな説明に、葉月はドリアを食べるのも忘れて聞き入る。その表情を見て、僕は少し期待をする。この現象を信じてもらえたかもしれない、と。
「……それ、なんかの漫画のネタ?」
だけど彼女は、小さく笑って首を傾げた。
「佑二がそんなこと言うの、珍しいね」
「違うんだよ、漫画なんかじゃないんだ」
「そうは言っても……私にとって、今日は初めての今日だよ」
彼女がコップを手にして、釣られるように僕もコップから水を飲む。考える顔つきをして、「それならさ」と彼女は提案する。
「履歴って残ってないの。私とのチャットとか、通話記録とか」
僕にアプリ内の履歴を操作する技術はない。だからとてもいい案かもしれなかったけど、残念ながら僕はかぶりを振った。
「それが、残ってないんだ。葉月から受信したり、僕から電話したりもしたんだけど、綺麗に消えてるんだ」
ふーん、と納得しきらない声を漏らして、彼女はすっかり冷めたドリアを口に運ぶ。僕も浮かない気分で、フォークをくるくると回転させた。
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