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「ねえ、ちょっと、話聞いてる?」
幾度目かのループで、幾度目かに入ったのと同じファミレスで、僕ははっとした。二つ頼んだハンバーグ定食の一つをつついていた葉月が、正面でむくれた顔をしていた。
「あ、ごめん」
謝ってから、失敗したと思う。今日幾度目かのごめん。最初は「しっかりしてよ」なんて笑っていた彼女も、今となっては顔いっぱいに不満を湛えていた。
「寝不足じゃないって、さっき言ったよね。じゃあなに?」
「いや、別に……」
相談することは諦めていた。説明しても、到底信じられる話じゃないし、現に信じてもらえなかった。だから僕は一人で考え続け、そのおかげで彼女とのやり取りがおろそかになってしまっていた。
「なんなの。何か隠してるでしょ」
「隠してなんかないよ」
「うそ。私にはわかる」
思わず視線を伏せてしまう。手つかずのハンバーグが、僕の前で冷えている。ソースをかぶったコーンとしなしなのブロッコリーが、鉄板の隅に転がっている。
「ねえ、今日で最後なんだよ。わかってるでしょ」
「わかってるよ」
「じゃあなんでそんな顔してるの」
「そんな顔なんて、してないよ……」
葉月の剣幕に、僕の言葉は縮こまって消えてしまう。明らかに苛々した目線で、彼女は僕をきっと睨む。
「最後なんだよ。明日から、私遠くに行くんだよ」
行かないよ。言いかけた台詞を寸でのところで飲み込んだ。明日会う葉月は、今日の葉月じゃない。今日の葉月とは、今日が最後だ。
「……ごめん」
反射的に謝罪の言葉を口にしていた。そんな僕を見て、葉月はぎゅっと顔をしかめた後、大きなため息をついた。その吐息の深さは、大声で頭からなじられるよりも、僕には余程こたえた。
「佑二って、いっつもそうだよね。謝ってばっかり」
棘のある言葉に、僕は膝の上でこぶしを握りしめる。
「自分の意思がなくてさ、いつだって他人任せ。相手の顔色ばかりうかがって、肝心な気持ちは喋ってくれない」
辛い気持ちに、怒りが混じる。腹が立つのは、彼女の言葉が図星だからだ。思うところがあるからだ。波風立てないように相手の反応を探り、気分を害されるのが怖くて、ただついて歩くだけ。
「ゆう兄は、もっとしっかりしてたのに」
燻る怒りが、かっと燃えた。彼女の一言は油となって、炎が一気に背を伸ばすように、苛立ちがぐんと湧いた。
「比べるなよ!」
声を荒げる僕を、彼女は冷ややかな目で見る。その視線に尚のこと腹が立つ。
「だって、本当のことじゃん」
「僕は僕だ、兄貴を引き合いに出すな!」
「ならちゃんと教えてよ! 喋ってくれないとわかんないじゃない!」
「言ったって、葉月はどうせ信じないんだ!」
「なんなのよ、一体何の話なのよ!」
周りの客が振り向くのなんかどうでもよかった。僕たちはそれぞれ身を乗り出して、激しく言葉をぶつけあった。
そして、僕ははっと息を呑んだ。
「ばかばか、佑二のばか!」そう言う葉月の瞳が潤んでいた。「最後なのに……なのに、なんで……!」
とんでもなく馬鹿な真似をしたことに僕は気が付いた。この日の葉月にとっては、僕と過ごせる最後の一日なんだ。十年以上一緒にいた僕との、別れの日。それなのに喧嘩をしなくちゃいけないのが、彼女は悲しくてたまらないんだ。
「ごめん……」
僕は、肩を落として尚も同じ言葉を吐いてしまう。
「兄貴のこと、思い出して……つい」
ぽろぽろと流れる涙を両手で拭いながら、彼女も「ごめん」と囁いた。「言い過ぎた……ごめんね」嗚咽の隙間の懺悔に、心臓が破裂してしまいそうになる。
僕には、兄の佑一がいた。彼は僕が十歳の時に亡くなった。僕ら兄弟と葉月はいつも三人で一緒に遊んでいて、とても仲良しだった。
彼女の涙が止まった頃、僕たちは店を出た。それから長いこと街を歩いたけど、お互いにかける言葉が見つからず、夕方にはどちらからともなく別れる雰囲気になった。
葉月と歩きながら、僕の頭には兄のことがあった。彼が僕なら、もっと上手に葉月と付き合って、決して彼女を泣かせる真似はしなかった。葉月の言う通り、兄は弟とは比べられないほどしっかりしていて、自分の意見をはっきり持っていた。なのに相手を傷つけない優しい言動は、僕たちをいつも安心させていた。
「兄貴みたいに、なりたかった」
呟く僕を見つめて、彼女は思い詰めた表情で首を振って否定した。
「佑二は、佑二でいて」
向かい合う彼女の腕が背中に回り、僕もそっと抱き返す。
「でも、ゆう兄には、謝らないとね」
小さな声に、僕も「どうして」と囁く。
「お願い、叶えられなかったから」
彼女が語るのは、僕の知らない話だった。
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