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翌日も、その翌日も、さらに翌日も。
咲耶は忠実に、祖父の言いつけを守っていた。連日で壷の配信を続けたのである。動きもしない、変化もない壷を紹介するだけの動画なのに、何故あんなにも喋ることがあるのだろう。
そしてそんな咲耶を見ながらネムはスケッチを続け、シャオランは首を傾げている。最初はコンガも“熱心だなあ”としか思わなかった。自分はコンビニ店長の仕事があるので、常に彼女達を見張っているわけにもいかなかったというのもある。
だが次第に、何かがおかしいと思うようになっていた。だってそうだろう、彼女らは忍者だが、現役の女子高校生なのである。つまり、学校があるはずなのだ。それなのに朝から夜まで、学校さえも行かずに配信を続けているのである。時々姿が見えなくなるのは、彼女らがトイレに立つ時くらい。よく考えたら、自分が見ている間はまともに食事もとっていないような。
「あの、あの」
やがて、シャオランが泣きそうな顔で言ってきた。
「なんか、咲耶ちゃんもネムちゃんも様子がおかしいです。あの壷に、憑りつかれてるみたいな」
「お前もそう思うのか……」
「はい。やっぱりリーリーは出てこないし、それに、その……壷が」
シャオランが学校を休んでいたのは、友人二人を心配してのことだったようだ。目を離すのが怖かった、ということらしい。そして。
「聞こえませんか、コンガさん?……あの壷、最初の日から変な音が聞こえてるんです。かりかり、かりかり、かりかりってひっかくような音が中から。……それが、日に日に大きくなってるんですよお……!」
「は!?」
音なんて、自分には聞こえない。ぎょっとして再度壷を見ようとしたところで、ネムの姿が目に入った。彼女は一枚絵を描いてはそれをちぎってページをめくり、床に落とすと言うことを繰り返している。腱鞘炎になりそうなほど、一心不乱で手を動かしながら。
彼女が座る椅子の下には、何枚も紙が落ちていた。どれもこれも、同じ壷の絵。だが。
「ひっ」
思わず引きつった声が出た。描かれている壷はどれもこれも、目玉、目玉、目玉――どれもこれもびっしりと、大量の目玉で覆われているものばかりであったのだから。
「おい咲耶!」
これはやばい。そう思って咲耶に声をかけた時、コンガは見た。壷が突然、痙攣したように激しく震え始めたのを。
にも拘らず咲耶は、何も気づいていない様子で配信を続けている。
「愛着がわくって言うの、きっとあると思うんです。私日に日に、この壷が可愛く思えてきちゃって!そう、まるで……この壷が自分の赤ちゃんみたいな、そんな気分になってきて。なんだろう、母性っていうんでしょうか。この気持ちがどこまでも高まったら、壷の中から素敵な赤ちゃんが生まれてくるような気がするんですよね、うふふふふふふふふ」
気づいた時、足が動いていた。素早くカメラに近づき、スイッチを強制的に切ったのである。このまま配信を続けさせたら取り返しのつかないことになる。まずは撮影だけでもやめさせなければと、そう思ったのだ。
だが、次に瞬間。
「どうして勝手に切るんですか」
咲耶の喉から、地を這うような声が。
「あと少しで完全になれたのに」
もはや、悲鳴も出なかった。そうやって呟かれたその声は、誰がどう聞いても――咲耶のものではなかったのだから。
結論を言えば。
壷は、コンガが電話で呼び出してすっとんできた岩爺が引き取っていった。今は知り合いの“霊能者”に預かってもらっているという。
たった一週間程度にも拘らず、げっそりと痩せた咲耶とネム、心労で倒れたシャオランはしばし休養することとなった。岩爺は言う。
「そもそも、最近蔵の整頓なんぞしとらんし、こんなもの持ってきた覚えもない。……一体誰じゃ、儂を騙ってこんな呪物を孫たちに渡したのは!」
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