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カスケード
序章
私たちの両親は由緒正しい旧家の出身でした。町の模範にもなるべく、自分自身だけではなく家族にも大変厳格な人たちでした。しかしそれが子どもたちには遠い存在に思えてしまったのです。しかしそれが却って良かったこともありました。それは子ども同士がより密接な関係を築けたからでした。私たちは親の存在を忘れて手に手を取り合い、その苦境を乗り越えようとしたのでした。
欺くことが出来るかしら。私はそう思いました。けれど自分を欺くことさえ出来れば、きっとこのお芝居はとこしえに続くだろうと思ったのでした。
第1章
「ご相談があるのですが」
そう言って影山の探偵事務所を訪れた男は身なりがきちんとした30代後半の育ちの良さそうな感じの人だった。
「先生、実は詐欺に遭っているんじゃないかと思うんです」
「詐欺というと相手はどんな人なんですか?」
「30くらいの女性です」
そう言ってその男は一枚の写真を差し出した。影山はその写真を見てきれいな人だと思った。
「すると結婚詐欺とか?」
「お金は要求して来ません」
「するとどんな財産を?」
「それが財産と言えるかどうかなんですが」
「何でしょう?」
「命なんです」
「命?」
「はい」
「それはあなたの命をくれということですか?」
「はい」
「それって殺人じゃないですか」
丸いお盆にコーヒーを三つ持って来た助手の鈴木がそこで話に加わった。
「僕を殺すとは言ってはいないんですよ」
「すると?」
「一緒に死んでくれと」
「心中ですね」
「ええ」
「心中・・・・・・」
心中という言葉が鈴木には何か引っ掛かるものがあったらしく、彼女はそれを復唱した。
「その方とあなたは・・・・・・」
「僕は境林といいます。彼女は溝卸という名字です」
「さかいばやしさんと、みぞおろしさん」
「はい」
「お二人とも珍しい名前ですね」
「はい。それがきっかけで知り合いになりました」
「名字が珍しいからですか?」
「はい」
「知り合ったのはどこでですか?」
「一度だけ友達に連れられて婚活パーティーみたいなものに行ったことがあったんです。そこで彼女とは知り合いました」
「なるほど。そうするとその溝卸さんとは結婚を前提にした関係なのですね?」
「はい。そういうお付き合いをしています」
「その彼女から一緒に死んでくれと言われたんですね?」
「はい」
「その人は一緒に死んでくれる相手を探しにその婚活パーティーに参加したのかしら」
鈴木は首を傾げてそう言った。
「どうでしょうか。それはわかりませんが何度かデートを重ねるうちに結婚しちゃおうかって半分同棲状態になりました。ところがそのうちに結婚をするどころか僕の命をくれるかと聞いて来たんです」
「それはお付き合いを始めてからどれくらい経ってからですか?」
「半年くらいでしょうか。最初は週末の休みに会っていたのですが次第に会社帰りに待ち合わせるようになって、それが毎日のようになると一緒に住んだ方が面倒じゃないねってなって、それで彼女の自宅に通い婚のような状態になりました。それからしばらく経って先ほどお話ししたように命をくれるかと彼女が聞いて来たのです」
「なるほど」
「最初はそれが命を賭けて愛してくれるかという意味かと思ったのですが、よくよく話を聞いてみるとそうではなくて一緒に死んでくれるかということだったんです」
「彼女にその理由を聞いてみましたか?」
「はい」
「すると?」
「心中をすると来世で幸せになれるからだと」
「そうですか」
「僕は来世ではなくて今幸せになろうよって言ったんです。でも彼女はそれっきり黙ってしまって」
「その話はいつのことですか?」
「一週間くらい前です」
「それから彼女と連絡は?」
「いいえ、取っていません。あれから色々と考えてしまって」
「そうなんですね」
「あれこれ考えた末、こちらに相談に来ました」
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