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第13章
翌日影山と鈴木は東京駅から新幹線に乗り込み宇都宮まで行くと、そこから日光線で日光駅まで向かった。日光駅からはバスで中禅寺温泉まで行く予定だったが45分も掛かるということだったのでタクシーに乗ることにした。二人は宿へ着くと早速月の宮という部屋に案内され、接客担当に指名してあった元場が部屋に現れた。
「溝卸さん、亡くなったのですね」
「はい」
「確か娘さんが早紀さんと言って、お母さんが結子さんと言ったかしら」
「はい。その通りです」
「夕べ刑事さんから溝卸という名字を聞いて懐かしいなって思ったんですけど、そうですか、お亡くなりに・・・・・・」
「あなたと溝卸さんとはお母さん同士がお友達だったとか」
「はい。母も溝卸さんのお母さんもこの温泉街の仲居だったんです」
「そうだったんですか」
「はい。それで知り合ったようです」
「知り合ったということは、それ以前は」
「うちの母はここの出身ですが、溝卸さんはどこからか移って来られたようです」
「どこから移って来られたかはご存知ですか?」
「確か埼玉県のどこかだったと」
「埼玉県」
「はい」
「行田ですか?」
「そこまではちょっと」
「溝卸さんのお母さんについて何か覚えていることがあったらどんなことでも結構ですのでお話し頂けますか?」
「そうおっしゃられても私も小さかったので。ただ溝卸さんのお母様はとてもきれいな方だったことは覚えています。それと左右の目の色が違っていました。それがまるで宝石のように美しかったんです」
「オッドアイですか?」
「そういうんですか?」
「はい」
「私が記憶しているのはそんなところです」
「溝卸さんのお母さんは再婚だったとか」
「それは後から母から聞きました」
「お母さんから?」
「はい。溝卸さんが引っ越して行かれてから最初の数年だけでしたが年賀状が母に届いていたようです。その年賀状が届くたびに母が思い出話として色々と私に話してくれたんです」
「その時に再婚の話も聞かれたのですか?」
「はい。早紀ちゃん、あんなにお父さんに可愛がられていたけど本当のお父さんじゃないのよとか」
「そうだったんですか」
「それから前のお父さん、早紀ちゃんの本当のお父さんは病気で亡くなられたんだよとか」
「病死だったんですか」
「そう母は話していました。なんでも早紀ちゃんが生まれて間もない時に亡くなられたそうです。その本当のお父さんと早紀ちゃんのお母さんはそれは熱烈な恋愛結婚だったとかで駆け落ちをしたらしいんです。それでこの日光に越して来たらしいのですが、その本当のお父さんはすぐに亡くなったという話でした」
「駆け落ちをした」
「はい。それと・・・・・・」
その時その仲居が言葉に詰まった様子を見せた。影山にはその仲居がそのことを言うべき話かどうかを迷っているように見えた。
「それと、何ですか?」
「こんな話をしていいものかどうか」
「何でもおっしゃってください」
「はい。それでしたらお話ししますが、早紀ちゃんのお母さんがここから神奈川の方に引越しをする直前にうちに挨拶に来たらしいんです。その時に妙な話をしたとかで」
「どんな?」
「前のご主人が亡くなられた時にはそれがよっぽどショックだったようで外にも出ずにじっと家に引きこもってしまったそうです。うちの母は早紀ちゃんがどうしているかも心配になってそれで訪ねて行ったそうなんです。すると本当に憔悴し切った様子だったので、一度埼玉の実家に帰ったらどうかと言ったそうなんです。するとその時早紀ちゃんのお母さんはご主人との思い出がある土地なのでここを絶対離れたくはないと言ったそうなんです。それなのにそれから少しして別の男の人と一緒になると今度は急にここを離れると言い出したそうなんですよ。それでうちの母がどうして思い出のこの地を去るのかと聞いたらしいんです。するとここへ来たのはカスケードがどうだとか答えたそうで」
「カスケード?」
「はい。滝、という意味らしいです。母がその意味がわからなかったので早紀ちゃんのお母さんに聞いたそうです。そうしたら訳すと滝という意味だと答えたらしいんです」
「わざわざ滝とは言わずにカスケードだなんて、溝卸さんはインテリだったのでしょうか?」
「どうでしょうか。でもそんな感じには見えませんでした。何でも亡くなったご主人がそのカスケードがどうだとか言い出して、それでこの日光に来たらしいんです。日光と言えばやはり東照宮と華厳の滝ですから、その滝の方に惹かれて来られたのかと母は思ったようです」
「滝に惹かれて」
「はい。いつから病気を患っていたのかは知りませんが、もしかしたら滝に飛び込もうとしたんじゃないかしらって母が言っていました」
「でも自殺ではなかったのですよね?」
「はい。病気で亡くなられたようです」
「早紀さんのお母さんと新しいご主人との馴れ初めとかはお母様から伺っていませんか?」
「いいえ、その新しいご主人がうちの母のことを好きではなかったらしく、急に付き合いが遠のいたようです。母が訪ねて行っても主人が嫌がるからと言われたそうです。それでいよいよ引越しされるという時に早紀ちゃんのお母さんだけが母に挨拶に見えたようです」
「そうなんですか」
「はい。それでどうやって知り合ったかとか、どんな暮らしだったとかは全く知らなかったようです」
「では引越しされる理由については結局わからなかったのですね?」
「そのようです」
「では引越しはしたくなかったけど仕方なく引越しをされたということでしょうか?」
「新しい旦那さんは前の旦那さんの思い出が残るこの土地にいたくなかったのかもしれませんね」
「なるほど」
「ご主人の希望で、とだけ早紀ちゃんのお母さんは私の母に話したようです」
「そうなんですね」
仲居はそこで頭を下げて、自分がお話し出来るのはここまでだと言った。それで影山はその仲居にありがとうと言って彼女を帰した。
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