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第14章
「先生、今の仲居さんの話で気になったことがあるんですが」
「どんなことだい?」
「カスケード」
「うん」
「滝、ですよね?」
「訳すとそうだと言っていたね」
「きっと溝卸さんのお父さん、滝から身投げをして自殺しようとしたんですよ」
鈴木は時々突拍子もない想像をすることがあった。しかしそれを影山はいつも真摯に受け止めていた。それはどんなところにも事件解明のきっかけが潜んでいるというのが影山の信条だったからだ。そしてやっかいな事件ほどそのきっかけは突拍子もないところに隠されているからでもあった。隠されてはいるがその反面、誰かに見つけ出されることを望んでいる。その駆け引きに影山はいつも心を躍らせていたのだった。
「つまり病気を苦にして自殺する場所を日光の滝に選んだというわけだね?」
「はい。華厳の滝は自殺の名所でもありますし」
「うん」
「そして溝卸さん。彼女もきっと自殺の名所である東尋坊から身投げをしてしまったんだと思います。あそこは滝ではありませんが滝へ身投げをするのとなんとなく感覚が似ている気がするんです」
「行方をくらませているのではなくて自殺をしたと言うんだね?」
「はい」
「娘が父と同じ『滝』という思いに駆られたということだろうか」
「はい。そしてお父様は病気を苦にしてですが、きっと溝卸さんの方は自分の犯した罪を苦にしたのです」
「それではあの戸籍を送りつけて来た意味はこういうことかな。つまり、以前自分の父親が病気を苦にして滝から身を投げようとしていたこと、そして自分は詐欺の罪の意識から崖から身を投げたということを境林さんに知らせたく、彼に自分の戸籍を送ってそれを調べてくれと手紙を書いたのだと」
「断定は出来ませんが先ほどの仲居さんの話を聞いてそんな気がしました」
「すると行田は関係なし?」
「うーん・・・・・・」
影山は仲居の話を聞いて、なんとなく事件の骨格は見えたような気はしていた。しかし鈴木が思ったようなことを伝えたくて溝卸が境林に手紙をしたため、戸籍を添えてそれを調査をしてくれと言い出したのかは疑問だった。それに何故境林だけ結婚詐欺の被害に遭わなかったのだろうか。そして一緒に死んでくれと言い出したのか。影山はそう思った。
三日月に聞いたところ溝卸に騙された他の被害者は身包みを剥がされるような目に遭っていた。すると溝卸はもう詐欺家業を卒業して境林と二人で真っ当な生活を築きたかったのだろうか。
しかし事態は切迫していた。警察の手がすぐそこにまで迫っていた。それでそれが叶わないとわかると心中を持ちかけたが、やっぱり心中なんて好きな男とじゃないと出来ないことだと気が変わり、そして最後に自分の心情を境林に伝えたいがために戸籍を彼に送ったということなのだろうか。自分の背負った宿命やら過去やらをみんな境林に知ってもらって、それで自分をずっと忘れないでいて欲しいというメッセージだったのだろうか。
「やはり行田に行ってみようか?」
「行かれますか?」
「うん。三日月さんにまたお願いしてみるよ。そして溝卸さんのお父さんの若い頃、更にはそのご両親の話も是非聞きたいと思ってるんだ」
「わかりました」
「明日は日光を観光して、あさって東京に戻る途中で行田に寄るようにしようか」
「はい」
「三日月さんにはまた無理を言って、あさってに行田に寄りたいと頼んでみるから」
「わかりました」
「じゃあおやすみ」
「おやすみなさい」
そう言って鈴木が影山の部屋から自分の部屋に戻って行った。
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