カスケード(影山飛鳥シリーズ06)

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第18章 「やはりお母様のことを知る方は誰もいませんでした」  影山は残念だという思いを隠せずに事務所に現れた境林にそう言った。しかしそれを聞いた境林は特に気落ちした様子は見られなかった。 「予想はしていました。なんでも母は中学生くらいから心の病に悩まされていたようです。それで入退院を繰り返していたようです」 「そんなに酷かったのですか?」 「とことん酷くならないために、それが悪い方向に走り出すとすぐにでも病院に入ってしまっていたようです。ですから他人との交際もほとんどなかったようです」 「その話はどなたからお聞きになったんですか?」 「父からです。いつだったかどうして母と知り合ったのかという質問をしたことがありまして」 「なるほど」 「恋愛が心の病を快方に向かわせることがあるんです。たまたま母が入院していた病院に父が誰かのお見舞いに行ってそれで二人は知り合ったようです。そして二人が恋をして一時母は快方に向かったそうです。そして僕が生まれた。二人は僕が生まれた後に結婚をしたそうです。母がそういう病気だったので母も結婚には消極的だったようです。でも父の熱意とそして僕が無事に生まれたということで母も結婚する決心がついたのだと父が話していました」 「それがお二人の馴れ初めですね」 「ですがその後はずっと母は病院の中ですから、父はよっぽど辛かったと思います」 「そうでしょうね」 「役所から送ってきた戸籍では母の母も若くして他界したとありましたね」  境林が行田市役所から取り寄せた戸籍は今は影山の手元にあった。そこには境林の両親のこと、そして母親の両親のことも読み取ることが出来た。 「ええ、お母様のお父様は普通に寿命を全うされたようですが」 「母の母は若くして死んだ。それがどんな理由かがやはり気になりますね」 「ええ」 「先生はそれをお調べになりたいのでしょうね?」 「はい」 「行かれますか?」 「行田にですか?」 「ええ」 「そう思っていたのですが、三日月刑事からの返答が残念な結果だったので」 「僕もその話を聞いた時は予想はしていたものの、やっぱりがっかりしました」 「そうでしたか」 「そしてここに来た時も変わらず残念な気持ちでした。ですが先生、実はあることを思い出したのです」 「あること、ですか?」 「あの壁に飾ってある写真なんですが」 「滝桜のことですか?」 「あれ、滝桜っていうんですか?」 「ええ、私の先祖が住んでいた三春という町にある桜の木です」 「そうなんですか。見事な桜ですね」 「ええ」 「実は今日その桜を見て、それでそのことを思い出したんです。今まで何度もこちらにお邪魔していて、あの写真を何度も見ていたのにですよ」 「それは何ですか?」 「桜の家紋です」 「桜の家紋?」 「はい。父が母の家の家紋が桜だと言ったことを思い出したんです」 「それはどういういきさつで?」 「春の頃でした。父と二人で出掛けた時に、たまたまお花見の会場を横切った時があったんです。その時に父がお母さんの家の家紋は桜だったなとつぶやいたことがあったんです」 「桜の家紋ですか」 「ええ、それでその桜の家紋から母のことがわからないかなと」 「家紋からですか?」 「母の菩提寺を捜したらどうかなと思いました。桜の家紋と母の旧姓から菩提寺がわかったら、そこの住職に何か話を聞けるのではないかと思ったのです」 「なるほど」  しかし影山はこの作業はかなり大変なものになるだろうと予想した。それは境林の母の旧姓は小林というありふれたものだったからだ。しかも埼玉県では四番目に多い名字であった。そしてこの作業には三日月が手を貸してくれるかもわからなかったからだ。
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