カスケード(影山飛鳥シリーズ06)

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第2章   翌日影山は鈴木を連れて境林から聞いた彼女の住所を訪ねてみることにした。そこはJRの国立駅南口を出て少し歩いた閑静な住宅街だった。こんな快適な住まいにあって心中をしたいとはどういう心境なのだろうと鈴木が盛んに首をひねっていた。 「先生、このお宅らしいです」  そこは敷地が百坪くらいある一戸建てだった。造りはいくらか古い感じがしたがそれが却って落ち着いた雰囲気になり、影山は住人のセンスの良さを感じていた。 「この辺りでこれだけの広さの敷地だと、かなり高額な不動産になるんじゃないかな」 「そうですね」  鈴木が何度か門柱についたドアフォンを押したが家の中からは何の反応もなかった。 「お留守でしょうか」 「みたいだね」  影山は辺りに郵便受けを探したがそれらしきものは見当たらなかった。するとその門を抜けて玄関の辺りまで行った先に洒落た郵便受けがぽつんと立っているのを見つけた。 「あそこに郵便受けがあるんだけど、郵便物がたまっているか君には見えるかい?」  影山はそう言って鈴木に郵便受けの方を指差した。 「どうでしょう。郵便受けの入り口からは郵便物が溢れているようには見えませんが、中にはたまっているのかもしれませんね」  その時だった。 「こちらに御用ですか?」  影山はいきなり後ろから声を掛けられた。振り返るとそこには60くらいの女性が不審な面持ちで二人を見つめて立っていた。 「すみません。お伺いしますが、こちらは溝卸さんのお宅ですか?」  それで影山は平静さを保ちながら言葉を発した。 「はい。でも溝卸さんいないでしょう」 「そのようですね」 「私も何度か回覧をお持ちしているんですが、ずっとお留守のようで」 「それはどれくらい前からですか?」 「1週間くらい前からかしら」 「1週間前?」 「はい」  それは溝卸が境林に心中を迫った頃からだった。 「こちらには溝卸さんがお一人でお住まいになられていたんですか?」 「はい、そうですがお宅様は?」 「デパートの配送係りの者です」 「デパート?」 「はい。うちのトラックの運転手が何度かこちらを訪ねて来ているんですが、いつも留守だということで、それで私たちが足を運んだというわけです」 「あら、どんなお届けものなの?」 「それは申し上げられませんがそれなりの商品でして、それでどうしてもお届けしないわけにはいかなくなったものですから」 「そうなの」 「はい」 「そういえばこの溝卸さん、よく色々な男の方が出入りしててね。なんかそういった贈り物もよくあったわ」 「そうなんですか?」 「私ね、別に覗き見をしていたわけじゃないんだけど、夜にね、聞こえるのよ」 「聞こえる?」 「ええ、男の人に車で送ってもらって、それでこの門の前で家に寄るとか寄らないとか」  鈴木はきっとこの女性はそんな男女の駆け引きを興味津々で聞き耳を立てていたのだろうと思った。 「それが結構お盛んだったの。宅配業者もお花だとかなんだとかよく持って来てたわよ」 「そうなんですね」 「ええ、でもそれで留守なんだか、まだ寝てるんだか知らないけど、なかなか出て来なくってね。それでトラックがこの前にずっと止まってるものだからそれがうるさいのよ。それでつい気になっちゃってね」 「他にはどなたか訪ねて来ましたか? ご親戚の方とか、ご友人とか」 「一切見なかったわね」 「そうですか」 「それでお宅はどこのデパートなの? あ、宅配業者さんだったかしら?」 「すみません。貴重なお話をありがとうございました」  影山はその女性の質問には答えずにそう挨拶だけしてその場を立ち去った。その女性はまだ話し足りなさそうな顔をしていたが、影山はそれ以上は時間の無駄だと判断したのだった。 「鈴木君、もしかしたら彼女は本当に詐欺師だったのかもしれないね」 「男の出入りが激しかったということでしたね」 「うん。それにあの一戸建てだ。かなりの資産価値がある。彼女の仕事は何だったのだろうか」 「境林さんは普通の企業のOLだと言っていましたが」 「30歳そこそこでどんなに稼いでいたとしても、まともな仕事であの家は買えないだろうね。すると資産家の娘なのかということになるが、その辺りを調べてみる必要があるね」 「はい」 「彼女の実家の様子を境林さんが知っていないかな?」 「電話で聞いてみます」 「うん」  国立駅に戻る途中で鈴木が境林に電話をすると溝卸の実家は神奈川だという答えが返って来た。しかし彼女の両親は既に他界していた。また境林の話ではその国立の家は溝卸の両親の遺産で買ったということだった。最初に彼がそこを訪れた時はその立派な持ち家にさすがに驚いたらしいが、そのような経緯で手に入れたものならそれも有り得るだろうと納得したらしい。 「溝卸さんのご両親が資産家だったのですね」 「らしいね」  影山は鈴木が境林から電話で聞いたその話にその場は頷いた。
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