カスケード(影山飛鳥シリーズ06)

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第20章 「ご住職、この溝卸さんは?」  影山はいつになく冷静さを失っていた。鈴木と境林もその声に驚いて影山を見た。 「珍しい名字のお方でしょう」 「この溝卸さんはどんなお方だったのですか?」 「どんなと聞かれましても」 「小林さんみたいな何か特異なご事情とかはなかったのですか?」 「どういう意味ですか?」 「では特に何もないということなんですね?」 「そうおっしゃられてもなんとお答えしてよいものか」 「ご住職、それでは溝卸早紀という女性はご存知ですか?」 「溝卸早紀?」 「はい」 「いいえ、存じ上げませんね」 「では溝卸一樹はいかがでしょうか?」 「その方なら存じ上げています」 「ご存知ですか?」 「ええ。一樹さんならここに眠っておられます」 「え、一樹さんがここに?」 「ええ」 「すると一樹さんのご両親の惣一さんと多恵さんもこちらのお墓に?」 「そのお二人はここには眠っていませんね」 「それはどうしてですか?」 「どうしてと聞かれましても」 「ですがそのお二人は一樹さんのご両親ですよ」 「それは存じ上げています」 「では溝卸結子はここに眠っていますか?」 「いいえ、その方もここにはいらっしゃいません」 「するとここには?」 「溝卸家の分家のお墓です」 「え?」  影山には瞬間そのことが理解出来なかった。 (ここに眠っているのが早紀さんの本当の父親だということは、彼は溝卸家の跡取りだったのだから、これは溝卸家の本家のお墓ではないのだろうか。しかし彼の両親はここには眠っていないという。するとやはりここは分家の墓なのだろう。そして早紀さんの母親と恐らく二番目の父親はこことは別のお墓に眠っているということになる。それはまたどういうことだろうか?)  しかしその答えは影山の脳裏に瞬時に現れた。 (そうか、跡取りとはいえ、一度駆け落ちをして家を捨てた人間はもう元には戻れないわけか。それでこの分家の墓に埋葬されてしまったんだ。そして結子さんはその後別の男性と結婚している。いくら溝卸の名字だとはいえ、もう溝卸家とは関係のない存在になってしまったんだ) 「お墓がお隣同士だということはこの小林さんと溝卸さんとは実際にお知り合いだったのでしょうか?」 「どうでしょうか。単にお隣同士だというだけだったと思いますが」 「そうですか」  住職のその答えに影山は気を落とした。すると今までしゃがみこんでずっとお墓に手を合わせていた境林がすくっと立ち上がり影山にもう結構ですと言ったので、それではそろそろ東京に戻りましょうと影山は言った。それから三人は住職に深々と頭を下げるとその墓地を後にした。  帰りの車内では影山と境林が七番目のお寺の住職から聞いた話を鈴木を交えてまとめていた。 「友野さんという早紀さんの本当のお父さんの同級生の話を覚えていますか?」 「はい」 「彼の話の中に結子さんが行田のお墓を訪れたという話がありましたよね?」 「はい。覚えています」 「あれって今日行ったあの溝卸のお墓じゃないかと思うんです」 「そう言われればそうですね。確かにあのお墓ですね」 「それとこれは飽くまで仮定の話ですが、小林家と溝卸家が知り合いだった可能性が出て来ました」 「それはお墓がお隣だったからですか?」 「元々お知り合いではなくとも、お彼岸の時などにたまたま出くわして、それで知り合ったということも考えられます」 「ええ」  しかしその境林のええには力がなかった。それで影山はこの話題を変えた。 「ところで境林さんはお母様の家系の女性がそのような病を抱えられているということを知らなかったのですね?」 「はい。でもこれで母の最期が納得出来たような気がします」 「お父様はご存知だったのでしょうか?」 「だと思います。そうでなければあんなに最後まで冷静ではいられなかったでしょう。きっと覚悟はしていたんでしょうね」 「女性だけに起こるということであれば境林さんはそうはならない」 「住職の話だとそうですね。そうだとありがたいんですが」 「そうだと思いますよ。それに、もしそうでなければお父様も何か境林さんにおっしゃっていたはずです」 「ええ、そうですね」 「しかしこれが溝卸さんが境林さんに調べて欲しいと言ったことの全てなのでしょうか?」  二人の会話に今まで黙っていた鈴木が入って来た。 「ええ、まだ何かしっくり来ませんね」  それに境林が答えた。 「わかったことは境林さんのお母さんの家系の女性にだけに起こる病のこと。それからもしかしたらお母さんの家族と溝卸さんの家族が知り合いだったかもしれないということ。それだけですから」 「まさかそれで早紀がうちの事情を知っていたということはないでしょうか?」  境林はそれを突然思いついたというように影山に投げかけた。 「女性が短命だということをですか?」 「はい」 「どうでしょうか。でもそうだとしてそれがどうだというんでしょう。境林さんは男ですからそれでどうだということもないでしょう。仮に早紀さんと結婚したからと言ってそのことで彼女が短命の運命に変わるということでもないと思うんです」 「ですよね」 「あ」  その時鈴木がつぶやいた。 「二人に女の子が生まれたら?」 「うん。それはある」 「境林さんの娘さんなら短命の宿命を背負うことになるのですよね?」 「うん。そうだね」  その時境林は溝卸と交わした話を思い出した。
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