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第21章
「結婚したら先ず子どもが欲しいなあ」
「子ども?」
「うん。僕もそろそろ40だろ。子どもが成人する頃は60を過ぎちゃうじゃないか。だから早く作っておかないとなあって思って」
「うん」
「早紀だってそうだよ」
「私はまだ・・・・・・」
「そうかい?」
「うん」
「そっか。じゃあ二人の時間を謳歌しようか」
「うん」
あの時の早紀の表情はとても困ったという顔をしていた。僕はそれがどうしてかと思った。というのも彼女と知り合ってデートを重ねて、そして結婚しようとなった時に彼女は自分もそう若くないから早く子どもが欲しいと言っていた。ところが僕は逆に子どもなど作らずに海外旅行をしたり、二人の時間をたくさん持ちたいと思った。
しかしよくよく考えてみると二人の年齢を考えて早く子どもを作ることが正しい選択だと思い直したのだった。それでその日、早紀の希望に沿いたいということを彼女に伝えたのだった。しかし今思い返すと早紀の様子が変わったのはそれより少し前からだった。
「これ、お母様の写真なのね」
「うん。美人だろ?」
それは早紀と結婚の約束をして少し経った頃だった。僕たちは式に誰を呼ぶのかという話になった。その時既にお互いの両親は他界していたので、式など挙げずに友達だけを集めてパーティーをしようということに決まった。それで僕が一度くらい彼女に母の写真を見て欲しいと思ってそれで携帯に保存してあった母の写真を見せたのだった。
「これって遺影?」
「うん」
「じゃあこの着物は喪服?」
「母のちゃんとした写真がなかったから母の母の写真と合成したらしいんだ」
「じゃあこの家紋は?」
「桜の家紋だね」
「そうなんだ」
「桜の家紋は母の母のうちのものらしい」
「でも蝶の羽にも見える」
「そうだね。でも桜の花らしいよ」
あの時彼女はその母の写真にしばらく見入っていた。
「これ、お母様の写真なのね」
「うん。美人だろ?」
「え、ええ」
「惹きこまれるよね」
「うん」
あの時は母の美しい顔に彼女が魅入られていたのだと思っていた。しかしもしかしたらそうではなくて、あの桜の家紋に目を奪われていたのだとしたらどうなるのだろうか。でもそれは何故か。それはあの家紋のことを知っていたからではないだろうか。
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