14人が本棚に入れています
本棚に追加
第22章
「三日月さん、どうしたんですか?」
影山が自由が丘駅で境林と別れて緑が丘の事務所に戻ると、事務所の玄関の前に三日月刑事が立っていた。
「僕たちの帰りを待ってくれていたんですか?」
「ええ」
「そうですか。でしたら連絡をくれたら良かったのに」
「いえ、ふと思い立って寄ったものですから」
「そうだったんですか」
そう言って影山は事務所の玄関の鍵を開けると三日月を中に招き入れた。
「でも後五分して戻らなかったら帰ろうかと思っていたところです」
「では良かった。5分以内に戻れて」
三人が事務所の中に入るとまだ溝卸の件を調べているのかと三日月は影山に尋ねた。
「ええ、今日もそれで行田に三人で行って来たところなんです」
「また行田にですか?」
「ええ」
「それで何か収穫がありましたか?」
「ええ、色々と次につながるヒントが出て来ました」
「次につながるヒントですか。いいなあ」
「それで三日月さん、今日は?」
「僕のお土産も、もしかしたら次につながるヒントかなと思いまして」
「何を持って来てくれたんですか?」
「溝卸の情報です」
「是非聞かせてください」
「実は彼女、妊娠していたんですよ」
「妊娠ですか!」
影山は三日月の話を聞いて、鈴木が言っていたことが本当になってしまったと思った。
「じゃあそのお腹の子どものことがあって、それで悩んで別れるとか心中したいとか混乱しちゃったんじゃないですか?」
いつの間にか影山の横に来ていた鈴木がその会話に参加した。
「うん」
影山は鈴木の言ったことがそうかもしれないと思った。
「子どもが出来たから自殺」
「鈴木君、彼女の自殺はまだ断定出来ないけど、でもその可能性も捨てきれないね」
影山が大きく自殺の方に針が振れた鈴木をそう言って引き戻した。
「それで三日月さん、その情報はどこからわかったんですか?」
「産婦人科に彼女が行った記録がありました」
「でもそのことを境林さんには言ってなかったんですね」
「そうなりますね」
「子どもが出来たから自殺」
すると鈴木が再びその言葉を繰り返した。三日月は二度も鈴木がそのことを言ったので、それがどんな根拠に基づいて言っているのか気になって来た。
「鈴木さん、子どもがいたからと言って溝卸が自殺をしているという結論はどう結びつくんですか?」
「だって早紀さんの家系はそうでしょ?」
「え?」
三日月は鈴木が言ったその意味が理解出来なかった。しかし鈴木の隣にいた影山は妙にそれを納得したような顔をしていた。それで三日月は自分だけ仲間はずれになったような気がした。それでそれを見ていた影山は今まで影山たちが仕入れた情報を最初から三日月に話したのだった。
「結構複雑な家庭だったんですね」
話を一通り聞き終えた三日月は最後にそう言った。
「ところで三日月さん、早紀さんが身ごもっていた子どもの性別はわかりますか?」
「男の子だったそうです」
「やっぱり」
「本人から聞かれて本人に話したと担当医は言っていました」
「するとこういう仮説は成り立ちませんか?」
影山は三日月の方に少し身を乗り出して話を始めた。
「早紀さんのお父さんは病気で若くして亡くなっています。そしてその一樹さんのお父さんの惣一さんも若くして亡くなっています。ですから早紀さんのお腹の男の子もそういう宿命を負っているんだと早紀さんが考えたとしたら」
「先ほどの影山さんの話だと溝卸の家系はお父さんが若くして病死して、おじいさんは若くして自殺をしたというだけでした。しかし、たった二例だけで溝卸家の男たちが短命な宿命を負っているだなんて簡単に決めつけて良いのでしょうか?」
影山の仮説に三日月がすかさず反論した。
「溝卸さんのお父さんとおじいさんが短命だったことは事実のようです。でもだからといってその家系の男性全てが短命の宿命を負っているということにはならないですよね」
それには影山が譲歩した。
「はい。ちゃんとした証拠が必要になります。その証拠を掴んだ上で溝卸の行動を分析するのが筋だと思いますがいかがでしょうか?」
「つまり彼女はその証拠を知っていたということですね」
「影山さんの推理はいつも飛躍する」
三日月はそう言って笑った。笑ったがその飛躍した推理が最後には真実になることを三日月は信じていたのだった。
最初のコメントを投稿しよう!