カスケード(影山飛鳥シリーズ06)

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第28章 「まず今回の事件の最大のポイントは遺伝的なことがキーになっているように思えて仕方がなかったんです。それは境林さんのお母さんの家系が女性だけ短命だという話を行田のお寺の住職さんに伺ったからです。女性だけがやがて気が触れて自殺してしまう。ここに私は先ず引っかかりを覚えました。 そして溝卸さんのお父さんの家系の男性が何かしらの原因で若くして亡くなられるということでした。彼女のお父さんは彼女が小さい時に病死しています。そしてそのお父さんは若い頃に手首を切って亡くなっているということでした。これについてはこれと言った証拠は見つかりませんでしたが、私は何か引っかかるものを感じたのです」 「それは探偵の勘、とでもいうようなことでしょうか」 「はい。ですからこのことが私にとってこの事件の出発点になったのです。ではもしもその血を受け継ぐ二人がたまたま出会ってしまったらどうなるのか」 「それが僕と早紀ということですね?」 「ええ、その女性が男を出産すればその男の子は病によって短い寿命を送ることになり、その男性が父親である女の子は気が違って自殺をしてしまうという二人が出会い、そして結ばれればです」 「子どもが生まれれば性別に関係なく短命な人生を送ることになったでしょうね」 「ええ」 「でも例え短い命でも生きていて欲しいって思いませんか?」 「はい。ですから私はそれが先ほどの理由ではないと思っているんです」 「え? そういうことではなかったんですか? 彼女はそれを苦にして自分の子どもを道ずれにしてやっぱり身投げをしているんではないかと思ったのですが」 「それは違うと思います」 「ではいったい?」 「そもそもこの病気はどうやって発症するのかということです」 「それは何かの原因があるのでしょう。例えばある時期が来ればとか、疲労がたまればとか」 「僕の知り合いで遺伝子の専門家がいるのですが彼女の話だとカスケード効果というものがあるんだそうです」 「カスケードってそれは・・・・・・」 「はい。あの仲居さんが聞いたという言葉と合致します。私は先ず彼女がかかった産婦人科に問い合わせをしました。すると彼女は体調不良を訴えて検査をしていたんです。しかしどうもそれは彼女の気持ちの問題から来ている不調のようでした。それはその時に彼女は遺伝的な疾患がないかどうかも調べて欲しいと言い出したそうなんです」 「遺伝的な病気ですか」 「その時彼女はきっとお父さんのことを思ったのでしょう。そして自分の子どもが男の子だからもしかしたらその子から逆に自分に何か影響があるのではないかと思ったのかもしれません。ですが特にこれだという原因はわからなかったようです。僕はその話を聞いた時にもう少し突っ込んだことが知りたくて、それでその中野みどりという専門家に問い合わせてみたんです」 「でも、いつの間に?」 「君が出勤する前だったかな」 「私も中野さんにお話ししたかったです」 「仕事の話だけだよ」 「本当ですか? 今度お食事でもする約束なんかされたんじゃないですか?」  そこに三日月刑事が中を割って入って来て影山に先を続けるように促した。 「失礼しました。それでその時に彼女からカスケード効果ということを教えてもらったんです」 「影山さん、そのカスケード効果ってなんなんですか?」 「それは生殖によって多大なストレスがかかり死に至るというものでした」 「え!」 「死に至る恋、とでも言った方が良いのでしょうか」 「そんな病気があるんですか?」 「私も初めて聞きました。はっきりとした病気かどうかはわかりませんが、そういう事例もあるのだと中野さんは言っていました。まあ実際にあったとしてもそれがなかなか公になることはないのかもしれません。実際にそれが死亡の直接の原因になることはないわけですしね。或いはそれによるストレスから心の病を患い自殺したとしても身内の方は隠し通すことも十分に考えられます」 「そうですね。一般には死因なんて人には明かさないですよね。明かしてもいいようなものしか話はしませんよね」 「いずれにしても人を好きになることでスイッチが入る病気、これを溝卸さんとそして境林さんが抱えていたとしたらどうでしょうか?」 「あ」  今まで快活に影山と会話をしていた境林が途端に口ごもった。 「境林さん、あなたは溝卸さんを好きになり始めていた。いや好きになってしまったのですよね?」 「はい」 境林は最近身体の不調を訴えていた。それで今日も点滴を打って仕事に行っていたのだった。 「ですがうちの家系はそれが女性にだけ発症するというものでした。それが違うと言われるのですか?」 「先生、それに早紀さんもそれが男性だけが発症する家系でした。ですから二人とも相手を好きになったとしてもそれは起こらないのだと思いますが」 「ところで桜を蝶の羽に見立てた家紋、境林さんの家紋でしたね?」  ここで影山はいきなり話題を変えた。 「はい」 「溝卸さんの家紋はどんなだったか知っていますか?」 「いいえ、でも彼女のは違っていたと思います」 「お墓には家紋が刻まれていませんでしたね。私はそれが気になって周囲をぐるりと回ってみたのですが、やはり家紋らしきものはありませんでした。それで行田の早紀さんのお父さんと同級生だった友野さんに聞いてみたんです。するとすごいことがわかったのです」 「先生、すごいことってなんですか?」 「溝卸さんの家紋も同じ桜の家紋だったのです」 「え、というとつまり?」 「両家は親戚だったんですね。恐らく本家と分家のような関係だったのでしょう」 「え」 「私はそれを聞くと居ても立ってもいられなくなって、それで行田に一人で飛んで行ってしまったんです」 「先生、それっていつの話ですか?」 「君が昨日お昼から帰った後、友野さんに電話をしてその家紋のことを聞いたんだよ。それで電話を切った後すぐに行田に向かったんだ」 「聞いていませんでした」 「今朝までには戻る予定だったからね」 「そうなんですね」 「君は確か誰かと食事に行くとか言っていたからね。それで邪魔をしてはいけないと思って」 「食事よりそちらの方が面白そうでした」  鈴木が残念だったという顔をしたが影山はそのまま先を続けた。 「それで友野さんに是非にとお願いして溝卸さんの本家に行きました」 「どんな話が聞けたんですか?」 「全てです」 「全て?」 「はい。全てです」  そう言って影山は鈴木にコーヒーのお代わりを促した。
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