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第29章
友野に案内されたその家は高い塀にぐるりと囲われた広大な敷地を有するお屋敷だった。
「表札に溝卸とありますね」
影山はそれを確認するように友野に言った。
「この門がものすごい威圧感を与えているんです。それで私はここに来るたびにどきどきしてしまって」
「今の時代でもやはり溝卸家はそういう存在なんですか?」
「そりゃ勿論ですよ。この町に住んでいる人でこの家のお世話になっていない人なんてまずいませんからね」
「そうなんですね」
「ええ。ですから私たちにはいつも上からものを言って来るあの駅前のお寺の住職も、こちらの言うことにはなんでもかんでも、ごもっともだあ、ごもっともだあなんですよ」
影山はその友野の話を聞いてあの住職はとんだ狸だったのだと知った。
「でも友野さん、このおうちに伺うにはこの門を通らないわけにはいかないのですよね?」
「はい」
見ると友野が緊張した面持ちをしていた。
「友野さん、心の準備はいいですか?」
「はい」
影山は友野の返事を聞くとにこりとしてその門をくぐった。
「ごめんください!」
影山のその声はだだっぴろい玄関に大きく響いた。そしてそれは静まり返ったその屋敷に波紋のように広がって行った。
「お留守かな」
友野は聞き耳を立ててその屋敷の奥の物音を聞こうとした。しかし何も聞こえないというように首を横に振った。
「もう一回呼んでみましょうか」
影山は仕方なく再び息を大きく吸い込んだその時だった。
「影山さん、どなたかこちらに来ます」
友野がそう言った。
「どちらさまでしょうか?」
するとしばらくして玄関に現れたその人は端正な顔立ちの50過ぎの女性だった。その人は立派な仕立ての和服を着て、いかにもそこの奥様という風貌をしていた。
「あれ友野さん、今日はどんな御用でいらしたの?」
「いつもお世話になっております」
「挨拶はいいから、そちらのお方はどちら様?」
「東京から来ました探偵の影山といいます」
友野がその女性を前にしどろもどろしていたので代わりに影山が答えた。
「探偵さん?」
「はい」
「探偵さんがうちにどんな御用ですか?」
「失礼ですがこちらの奥様でしょうか?」
「ええ。ここの主の妻ですが」
「失礼しました。実はこちらにゆかりのある溝卸一樹さんについてお話をお伺いしたいと思いまして」
「溝卸一樹ですって?」
「ええ」
「どうしてまたそんな人のことをお調べになられているんですか?」
「実は私が依頼を受けた境林さんの婚約者だった人がその一樹さんの娘さんでして」
「え?」
その女性は影山のその説明にあからさまに不快な表情をした。影山は自分が発した言葉のどの部分にその人が嫌悪したのかが気になった。
「奥様は境林さんをご存知ですか?」
「いいえ」
「では一樹さんのことはご存知ですか?」
「そのお人とこの溝卸家はもう関係がございませんが」
影山はそれで溝卸一樹という言葉にその女性が不快感を表したのだと思った。
「しかし一樹さんはこちらの跡取りだったと聞いていますが」
「以前は跡取りでしたが女と駆け落ちをして飛び出した先で亡くなっております。ですから当家とはもう無縁のお人です」
「一樹さんが亡くなった後はどなたがこちらをお継ぎになられたのですか?」
「そのこととあなたの調査とどんな関係があるのですか?」
影山はその女性の精悍な顔つきと突っぱねるような威圧感にこれ以上何を聞いても無駄だろうと思った。友野はもう引き下がるのかという顔をしたが影山はそれには構わずそこを後にした。
影山と友野がその女性に会釈をしてその玄関から外に出ると早速友野がどうしてあれ以上突っ込んで聞かなかったのかと影山に尋ねた。
「友野さんそれは無理ですよ。私もかつて民家を一軒一軒回るような仕事をしていた時があったんですが、あのようなタイプはもうどうしようもありません。どう押しても、反対にどう引いてもテコでも動きませんから」
「そうなんですか?」
「ええ、ですからそれでさっさと切り上げて来てしまったんですよ。時間の無駄です」
「なるほど。確かに言えてます」
友野が感心したように影山にそう言った。
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