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3節 海に柘榴
ついに来た。
私以外には誰もいないホームで、自立型の駅名標に食い入る。レンズ越しに見える文字は「木春」だ。ぼやけていない。紺色の伊達眼鏡はこれからも使えそうだ。
私は都市伝説が忘れられなかった。
せっかくだから花子と一緒に行きたい。そう思い、SNSを通じて日取りを決めた。ところが当日になって行けなくなったと連絡があったのだ。
「花子がドタキャンするなんて初めてだな……」
木春村には幼い頃もこうやって電車に乗ってきた。一度は見ているはずなのだが、懐かしい気持ちなどは特に湧き上がってこない。
むしろ記憶が薄い分、初めて訪れた土地のように感じてしまう。村を見て回ればまた違う感想を抱くだろうか。
とりあえず改札口を通って外へ出た。数歩進めば、どこからかセミの声が聞こえた。日差しが強い。
八月の陽光は暑いを通り越して痛いくらいである。
あまりの眩しさに、私は反射的に手を額にかざした。髪に挿した簪に指が触れる。
私では祖母みたいな華やかさは出せない。それでも休日は身につけていたかった。和の雰囲気に合わせるように、服も紺色を中心にまとめてみた。好きな色と心強い装飾品のおかげで気分は晴れやかだ。
そこで今朝の天気予報が脳裏をよぎる。木春村も天気が良く、気温は真夏日を超える予想だったはずだ。
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