3節 海に柘榴

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 熱中症にはならないようにしよう。  心に決めて、額にかざしていた手を下ろす。次いでショルダーバッグに手をかけた。スマートフォンを始めとした貴重品の他にも、洗濯した白い靴下やウェットティッシュ、ペットボトルなどを詰めてきているのだ。  そうして意気揚々とファスナーを開けたはいいものの、すぐに気落ちした。そういえば飲み切っていた。  外へ出る前、駅の構内に自動販売機が設置されていたことを思い出す。ひとまずはそこで水でも買って――と思ったのだが。 「ん……?」  ふと、視界の端に「喫茶」という看板が見えることに気付いた。  視線を向けると街路樹の隙間から古民家らしき建物がのぞいている。好奇心がそそられて進路を変更し、そちらへ向かってみる。    時間にすれば三分ほどの距離だった。  街路樹を抜けた先には確かに古民家が建っていた。おそらくそれを飲食店として改装しているのだろう。掲げられた看板には「喫茶店・海柘榴」という店名が書かれていた。  海柘榴。初めて見る単語だ。読み方は「うみざくろ」でいいのか。それとも別の読み方があるのだろうか。  いまいち読み方がわからない店名に頭をひねりつつ、店へ向かう。そして引き戸を開けて店内へ入る。それと同時にひんやりとした空気が肌をなでた。冷房が効いているらしい。 「いらっしゃいませ」  女性の声が私を迎えてくれた。  海柘榴はマスターではなくミストレスが切り盛りしている喫茶店のようだ。また、ミストレスの声は落ち着きのある美声で、年齢を感じさせた。
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