3節 海に柘榴

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 圏外。  インターネットに接続しようとしたのだが、予想通り接続できないことを確認し、さらに混乱した。木春村は確かに小さな村ではある。だが電波が届かないほどの僻地(へきち)ではない。しかもこの店は駅からそこまで離れていなかった。  いったいこれはどういうことなのだろうか。得体の知れない不安が込み上げてきた瞬間、ミストレスに話しかけられた。 「お嬢さんは中学生? それとも高校生?」  状況に似合わない平凡な質問である。 「あ……高校生です」  だから反射的に答えてしまった。質問の内容からして会話はまだ続きそうだ。直感して、スマートフォンをひとまずショルダーバッグの中へと戻す。  食器類のかすかな音が鳴っている。ミストレスは手元に目を落としていて、こちらを見ようとはしない。けれど心の底から嬉しがっているような声で「そう」と呟いた。 「こんな田舎まで、わざわざありがとうねぇ。何もないところだけど、ゆっくりしていってくださいね」 「何もないだなんてそんな……」  言いかけて、口をつぐむ。  私は木春村のことをよく知らない。夏は海、冬は椿。その程度の知識しかない。だからこそ軽はずみなことを言ってしまわないか心配だった。祖母の故郷でもあったこの土地を、そこに住む人々を、自分の無知のせいで傷つけたくはなかった。 「お待たせいたしました」  ミストレスと目が合った。その手には食器が乗った丸いお盆を持っている。  ミストレスがゆったりとした足取りで調理場から出てくる。やがてこちらに回り込み、私の目の前にソーサーとティーカップを置いた。 「椿茶です。こちらをお飲みになって、心を落ち着かせてくださいな」
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