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ほのかな香りが鼻腔をくすぐる。食器はどちらもガラス製なのだろう。透明で、中に入っている薄い茶色の液体が、よく映えていた。紅茶みたいな見た目だ。
「いただきます」
私は、ティーカップの取っ手に人差し指、中指、親指を添えて持ち上げた。香りがますます強くなっていくのがわかる。その香りに酔いしれながら、椿茶を口に運んだ。飲み口はすっきりとしていた。そこへ優しい甘味が広がる。
ミストレスの言っていた通りだ。
ティーカップの縁から口を離した私は、思わずほっと息をついた。次いで顔を上げて調理場を見据える。
「おいしいです」
椅子に腰掛けているミストレスに伝わるよう、私は満面の笑みを浮かべた。
「冬になると目でも椿を楽しめるようになりますよ。あら、でもそれならお嬢さんは、どうして木春村に?」
核心を突かれて、一瞬、体が強張った。
この人に都市伝説を話しても良いものか。
実際のところ、朝顔の池と呼ばれる場所がどこにあるのかはわかっていない。事前に調べた情報では正確な位置がつかめなかったのだ。
情報が少なかったり、古かったりして、信頼性のあるものにはたどり着けなかった。だからそれらしいところを手当たり次第に探すつもりだった。
私はティーカップをソーサーに置いた。それから深呼吸をして正直に理由を告げる。
「友人から、願いをかなえてくれる『朝顔の池』があると聞いて、ここへ来ました」
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