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1節 踏みつける靴下
梅雨明けの、道路に残る水たまりを飛沫を上げて通り過ぎた。
靴が濡れる。同時に、足首から踵にかけて、しっとりとした感触があった。靴下に水が浸透したのだろう。思わず眉根を寄せるが、速度は緩めずに小路を駆けていく。
「俺の葉月。どうか待っておくれ」
下心丸出しの太い声が背後から迫ってくる。
名前は知らない。顔を合わせたのも今日が初めてだ。それにもかかわらず、男性は私の名前を知っていたようで、通学途中に声を掛けてきた。
かれこれ五分は走り続けているだろうか。
誰かとすれ違うたびに怪訝な顔を向けられるのがわかる。そういう人たちに助けを求めることは、どうしてもできなかった。
スクールバッグを肩に掛けているせいで思うように走れない。眼鏡がずり落ちてくる。呼吸も乱れているし、このままでは確実に追いつかれてしまう。
かと言って眼鏡を外すのは命取りだ。
いっそのこと荷物を捨てて身軽になるか。
恐怖に突き動かされて、根本的な解決にはならない案が次々と思い浮かぶ。
せめてもの救いは荷物が軽いことか。
今日は終業式である。一学期の成績と向き合わなければならない。自宅の玄関を開けるまでは、その事実に気がめいっていた。
今は一刻も早く学校へ行きたい。親友に会いたくてたまらない。
「は……はぁ、な……」
彼女の名前すら発音できないままに、入り組んだ道を進む。
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