枯れ桔梗哀愁歌

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 十兵衛(じゅうべえ)は悩んでいた。 「息子がなついてくれぬのだ……」  そう庄兵衛(しょうべえ)に愚痴っていたら、いつのまにか相手の家庭の愚痴を聞かされていた。 「この間の酒宴で、また吐いてしまった」  と弥兵次(やへいじ)に相談したら、下戸返上の特訓と言われてしこたま呑まされ、やはり吐いた。 「最近、額が後退してきて……」  こう言って内蔵助(くらのすけ)に助言を頼んだら、南蛮渡来の妙薬と言われて怪しい匂いを放つ水薬を渡されたが、体中、特に頭から異臭を放つようになり、また息子に嫌われた。 「お前達は、私をからかってそんなに楽しいか」  いい加減、辛抱の切れた十兵衛が言い放ったのは、行軍途中の野営地でのことだった。 「儂(わし)はただ殿に、御家中の苦労は何処にでもあることと申し上げたかっただけにござる」 「下戸を治すにゃ酒に慣れるのが一番ですよ」 「よろしいではございませぬか、髪が薄くなれば頭を剃る手間が省けますぞ」 「そなたらに反省の色どころか謝罪する気も無いことは、よぅく分かった」  こめかみをひくつかせ、十兵衛は携帯用文机を前にして雁首揃えた三人を睨み付けた。  しかし、十兵衛の怒りも何処吹く風で、家臣三人は呑気に糒(ほしいい)を食べている。 「庄兵衛! そもそもそなたの嫁は我が娘ではないか!」 「えぇ、殿に似て口がうるそぅて……」 「是非とも嫁にくれと頼んできたのはそなたであろう!  それに弥兵次! 儂は本気であの世の淵を覗いた気分であったぞ! 無理やりとっくりを口に突っ込むな!」 「殿が何も言わないから……」 「言わぬのではなく言えなかったのだ! 内蔵助! そなたもだ! 誰が吹き込んだか知らぬが、怪しい薬を頭から信用しおって!」 「殿で試さず誰で試すと仰るのです」 「自分で試せ!」 「私は禿げておりませぬゆえ」 「ならば部下で試せ! 何のための部下だ!」  半ば……もとい、かなり強引な論法も用いたが、一通り部下を叱責し終え、十兵衛は息を整えた。 「全く……何処で何を間違えてこうなったのか……」  庄兵衛は、十兵衛が不遇だった青年時代からの部下で、最も信頼できる重臣だ。前夫が謀反を起こしたために実家に帰ってきた娘は、庄兵衛との縁談を喜んで受けた。  弥兵次は、家中でも勇猛な青年武将で、庄兵衛と同じく娘婿である。姓も十兵衛と同じものを名乗らせている、同僚からも羨望される優秀な部下である。  そして内蔵助は、機略、武勇に優れた非常に有能な士だ。かつては他家に仕えていたが、主君の頑迷さに耐え切れず、十兵衛の元へ出奔してきた。十兵衛は「内蔵助を返せ」という同僚の催促を突っぱね、内蔵助はその恩を忘れたことはないという。  と、ここまでは同僚のみならず主君にも知れ渡っている有名な話であるが、その現実を知る者は少ない。 「それで、気はお済みですか?」 「全く済んだ気はしないが、怒る気力もないわい」 「それはようございました。それでは軍議を始めましょう」  内蔵助は涼しい顔をして、周辺の地図を広げた。彼らは、和やか(一名以外)な雰囲気を一変させる。 「此度(こたび)、我が軍は岩村(いわむら)城に入る大殿の軍の後詰(ごづ)めであり、戦闘に直接参加することはまずありませぬ。  敵は甲斐(かい)の虎死後、落日を迎えつつある武田(たけだ)家であり、斥候(せっこう)の情報を聞く限り、敵軍全て合わせても我等に抗するに足る兵力はござらぬ。よって我等は、主軍である若殿が、勝頼(かつより)めの首をお取りになるのを待てば良ろしいかと」 「なんだ、つまらねぇ」  弥兵次は緊張をあっさり手放し、先程と変わらぬ呑気な顔に戻った。十兵衛もまた、此度の戦が容易なこともあってか、普段ならば怒り出すところであったが、珍しく宥めるように言った。 「何を言うか弥兵次。後詰めとて重要な御役目じゃ。しっかり励まねばならぬぞ」 「そうは言いますがね、これでは勝利の後の宴にて、拙者達は肩身の狭い思いをしますよ!」 「そうじゃの。手柄一つ無いのでは宴に出ることも叶わぬやもしれぬ」 「私は宴など遠慮仕(つかまつ)る。酒癖の悪い連中にわざわざ絡まれに行くほど馬鹿ではござらん」 「それは儂への当てつけと受け取るぞ、内蔵助……。  第一、なぜ宴の話になっておる」 「主軍の背後でのんびりしているだけなら、戦のことをいちいち考えるなど徒労でしょうよ。酒のことでも考えてた方がいくらかマシです」  全くだとでも言いたそうに、庄兵衛が頷いた。 「それでは私は娘に文でも出しまする」 「殿、軍議はこれで解散でしょ?」 「……うむ。不本意だが他に話し合うべきこともない」 「それではこれにて、軍議お開きにござる」  三人の将は十兵衛に頭を下げ、十兵衛もまた頭を垂れた。  彼等はまだ知らない。  己の運命の時が迫っていることを  。  数日後、岩村城に着いた十兵衛らは、後詰めとして大殿の軍に合流した。  他の軍に遅れて参上していた十兵衛は、遅参の謝罪を申し上げ、平伏している。 「日向(ひゅうが)」 「はっ」  大殿の声に怒りが混じっていなかったことに安堵しつつ、十兵衛は深く低頭した。  日向というのは十兵衛が帝から戴いた官職であり、正しくは日向守(ひゅうがのかみ)という。同僚らは十兵衛を「日向殿」「日州(にっしゅう)殿」或いは、やはり帝から戴いた姓である惟任(これとう)を付け、「惟任日向殿」と呼ぶ。  余談になるが、帝、つまり朝廷から戴いた官職や姓は、全て大殿を通してのものであった。十兵衛自身は、前(さき)の大将軍足利義昭(あしかがよしあき)公とのつながりがあるとは言え、帝に近い公家に掛け合って、官職を戴くような立場では無かった。もっとも、十兵衛はかつて京の治安維持と外交を任されていた時期があり、公家連中と関わりがある。しかし、彼はあくまで一家臣であり、勝手に帝から官職を戴こうなど思いもしなかった。 「そなたの城の方はどうじゃ。変わりないか」 「お陰様で」 「そうか」  この主は、多弁を嫌った。元々せっかちな性格らしく、万事素早く行動し、部下にもそれを求めた。加えて頭の回転が速く、要点のみを伝えれば即座に全て察することができる。それはめまぐるしく変貌する戦場での戦術、戦略を操るには最も重要な能力であった。十兵衛の主はその点で大変頼もしい。 「時に、そなたは森三左衛門(もりさんざえもん)を覚えておるか」 「はい。幾度かお話する機会がありもうした。鬼武蔵(むさし)殿達の御父上でしたな」  唐突な名前だったが、十兵衛は即座に答えた。大殿は一つ頷くと、更に続けた。 「では、三左衛門が逝った地も覚えておるな」 「宇佐山(うさやま)の城でござる」  そして、今は坂本(さかもと)城となっており、十兵衛の家族が住んでいる。 「その宇佐山を、な」  ちらり、と左の襖に目をやり、珍しく大殿は言葉をつまらせた。 「お乱(らん)が、欲しがっておるのだ」 「……欲しい、とは、つまり……」 「………そなたには、山陰全てを平定した暁には、石見(いわみ)をやろうと思っておる」  だから坂本城を諦めてくれ、と大殿はどこか必死な目で訴えていた。  もしも石見が領地になるとしたら、十兵衛にとっては大出世である。彼の地には異国にも知れ渡っている大きな銀山があり、日の本の銀はほとんどが石見で採られていると言っても過言ではない。その石見を任せられると言うことはつまり、この国の経済の一端を任せられるものと同じだ。  だが、十兵衛は頭(かぶり)を振った。 「坂本の城は、私の心血を注いで作った城にござる」  人生で初めて、そして家中でも一番に戴いた居城だった。日の本でも五指に数えられる名城にしようと、懸命に縄張り(城の設計図)を考えた日々が蘇る。  己の知りうる知識を総動員して作り上げた城に、初めて足を踏み入れた日の喜びよ。そして、城で過ごしてきた家族との心休まる日々よ。 「大殿、坂本の城を拙者から奪うと仰るのは、拙者から半身を奪うのと同じにござる……!」 「……日向、これは上意ぞ」  声音こそ低くしているが、大殿の目は未だ必死なままである。ふと、その手が左手の襖の向こうを指さしていることに気付く。  襖の奥には、もしもの時のために小姓が詰めている。そして話のお乱は、小姓頭である。当然、彼も詰めているだろう。  十兵衛もそれに気付いたことが分かり、大殿は更に、彼を手だけで呼ぶ。傍へ寄ってきた十兵衛に、耳打ちでもするかのように声を潜めて囁いた。 「……口約束でよいのだ。ここだけでも、うんと申してくれぬか、十兵衛」 「……それではお乱殿が納得せぬのでは……」 「心配いらぬ。あれには上手く言っておく」  しかし家中では、大殿はお乱に嘘偽りをを隠し通せぬともっぱらの噂だった。大殿の言葉は頭から信用できない。 しかし十兵衛は、この場を逃れるにはそれしか方法が無いような気がしてきていた。ついでに言うと、なんとなく大殿が可哀想な気がしてきている。 「……分かり申した。ならば、石見を平定した暁には、坂本の城を大殿にお返しいたしましょう」 「うむ」  大殿はやっと普段通りの落ち着いた表情を取り戻し、大仰に頷いた。 「下がって良いぞ、日向」 「はっ」  深々と頭を下げてから、落ち着いた挙措(きょそ)で十兵衛は出て行った。しかし、彼が廊下に出て直ぐに、大殿が襖を開け、「お乱、お乱はどこじゃ」と叫んでいるのを聞いて、大殿へのほんの少しの幻滅と、多大な同情を抱いたのであった。  ふと、「城を返上する約束をした」と言ったら息子がどんな顔をするだろうかと思い、十兵衛の心は更に沈んだのであった。  大殿との謁見が終わり、重い気分で陣に戻った十兵衛は、まず初めに内蔵助に声をかけられた。 「殿、夕餉(ゆうげ)の後でお話がござる」  その次に、厠に立った時に、一緒に立った庄兵衛が耳打ちした。 「殿、夕飯の後でお話が」  最後に、夕餉を摂っている最中に、弥兵次に言われた。 「殿、この後でお時間いただけますか」 「で、今度は何だ。揃いも揃って、私に何の用だ」  あまりにも皆が同じような顔をして同じようなことを言うため、十兵衛はすっかり疑心暗鬼にかられていた。結局三人を一度に集めてしまったため、普段の軍議と大して変わらない。 「できれば内密に願いまする」 「拙者も同じく」 「儂もです」 「……ならば、庄兵衛からこちらへ参れ。他の者は下がれ」 「はっ」  内蔵助と弥兵次が幕の外に出たのを確認し、庄兵衛は声を潜めた。 「昨晩、密書を受け取り申した」  庄兵衛が懐から取り出した手紙を受け取り、十兵衛はおそるおそる密書を開いた。 「な……っ」 「殿、何が書かれておるのです?」 「……内密にせよ、庄兵衛。前の将軍様からの謀反の誘いだ」 「なんと!」 「声が大きい! ……とにかく、これは焼き捨てよ。人目に触れさせてはならぬ」 「はっ」  庄兵衛はすぐさま幕の外へ走った。 「全く……あのお方はいい加減、己の立場を自覚せねばならん」  前の将軍足利義昭公は、有名無実の将軍職に権力を取り戻そうと画策ばかりしていた。大殿の庇護を受け、京都にいた時から、大殿の敵に対し密書や檄文(げきぶん)を飛ばしては、大殿との仲を悪化させ続けていたのだ。そして最後には京を追われ、中国地方の毛利(もうり)家に逃げ込んだ。  確かに将軍という位は、各地の大名にとっては上洛の良い口実になる便利な存在であった。大殿も、当初は将軍を奉じて上洛した。だが実際は、将軍を補佐し幕府を再生させようなどという気は無かった。それは各地の大名とて同じだ。真剣に幕府の力を信じ、再生させようとしている者がいるとしたら、越後(えちご)の竜、上杉謙信くらいなものだろう。 「本当に私が大殿を裏切れると思っておられるのか? あの方は……」 「殿、庄兵衛とのお話は終わりましたか」  幕の外から、弥兵次が声を掛けた。 「うむ。弥兵次、参れ」 「はっ」  この剛胆な若者には珍しく、強ばった面持ちで弥兵次は十兵衛の前に出た。 「殿、密書です」 「なんと……!」  本日二通目の密書を手渡され、十兵衛は内心面白くなかった。自分はどれだけ家中で信頼が無いと思われているのだろうか、と思うと同時に、仲の悪い筑前守(ちくぜんのかみ)あたりの嫌がらせのような気もしてくる。  ともかくも開いた手紙を読み進めていく内、十兵衛は再び上がりかけた声を抑えた。 「殿! どうしました?」 「いや……大事ない。良いか弥兵次、これは裂いて川に捨てよ。誰の目にも触れさせるな」 「はっ。……やはり、謀反のですか?」 「……他言するでないぞ。帝からだ」  帝、という言葉に、さすがの弥兵次も目を見張った。  大殿は御所の修理を行うなど、帝に対しても工作を怠らなかった。しかし、居城の天守閣から見下ろせる場所に帝が御幸する際の寝所を作ったり、今年の正月には客に対し、「己を御神体として拝め」と言うなど、ここのところ帝を蔑(ないがし)ろにする行動が多かった。あちら側が怒りを覚えるのも無理はないだろう。 「大殿も確かにやりすぎだが……」  十兵衛にとっては、だからといって大殿に対し謀反を起こすほどのことではなかった。 「殿、よろしゅうございますか?」 「おお、内蔵助。待たせたな」 「お構いなく。それより、殿。お文でござる」 「うむ」  内蔵助がいつもと変わらぬ顔をして手渡してきたため、十兵衛は安心して手紙を読み始めた。  だが、読み進めていく内に、手が震えだした。顔は紅潮し、唇まで震え出す。  内蔵助は希に見る主の動揺に驚きを覚えたのか、いつもの沈着な面持ちを崩し、十兵衛を見上げた。 「殿、何事でござるか?」 「聞いて驚くな、内蔵助……。  筑前守からの、謀反の誘いじゃ」  密書の内容は、以下の通りである。  中国地方を攻略中の筑前守が、折りを見て大殿に援軍を要請する。武田の滅亡が間近とはいえ、東方にもまだまだ敵は多い。家中で援軍に出られるのは、近畿に拠点を置く家臣だろう。そして、その近畿で最も兵力があり、かつ精強な軍を持っているのは、丹波(たんば)を領有する十兵衛である。或いは、筑前守の要請がなくとも、遠からず大殿からの指名で中国への援軍を任されるかもしれない。  とにかく、十兵衛が中国へ援軍に向かう体勢ができたら、大殿の隙を窺(うかが)い、謀反を起こす。それに呼応する形で、筑前守が中国で謀反を起こし、十兵衛に合流する。名将と名高い十兵衛と筑前守が力を合わせれば、いかに大殿とてひとたまりもないだろう。  昨今の大殿の無茶な振る舞いは、目に余るものがあると帝も仰っているらしい。更に、貧しい出の己は、一揆衆(いっきしゅう)の殲滅を行う大殿を、許すことはできない。どうか力を貸してくれまいか。 「どこまで本気かは分からぬが……。筑前め、私を陥れる気か、はたまた、まことに謀反を起こす気か」 「いっそ、逝く前に一花咲かすのもよろしゅうござるな」 「誰がそのような! 私は百まで生きるぞ」  この時、十兵衛は五十の坂を越えている。当時では死を覚悟する歳である。 「花がどうしたって?」 「殿が百まで生きるなら、儂も頑張らねばなりませぬな」  戻ってきた庄兵衛と弥兵次が、いつも通りの軽口を叩く。  しかし、この時点で、彼等は後戻りの出来ないところにいたのだった  。  数ヶ月後、十兵衛の元に中国地方攻略中の羽柴筑前守援護の命が下る。 「なんと、誰の軍も大殿の傍におらぬのか。危機感のないことだ」 「本当に謀反できそうじゃの」 「いっそ起こしますか。今ならまだ亀山だ。すぐに京へ向かえますよ」 「家中の他の皆様方も遠方におられますし、やるなら今しかございませぬな」 「冗談でもそのようなことを申すな。いつ誰が聞いておるかも分からぬのだぞ」 そう言っている十兵衛は、まだ笑っていた。 「殿、お文でござる」  という兵の声が三人、続くまでは。 「……嫌な予感がする」 「殿、読んでみなけりゃ分かりませんよ」 「そうじゃ」 「そんなに不安なら、近場にお社がござる。御神籤(おみくじ)でも引いてみてはいかがです」  何ら危機感を抱いていない部下達に勧められ、十兵衛は内蔵助の案内で夕闇迫る神社までやって来た。彼の言葉通り、御神籤を引いてみる。 「……大凶だぞ」 「殿、運悪いですね」 「やかましい。生まれつきだ」 「それにしても縁起が悪うござるな。もうお一つ、引いてみてはいかがですか?」  やはり大凶である。 「……ますます嫌な予感がする……」 「まぁ、逆に運が良いですなぁ」 「かの毛利元就(もうりもとなり)公は、戦の前に起こる全ての事象を吉兆に喩(たと)えたと聞きまする。これもまた良き徴(しるし)と考えましょう」 「そこまで前向きに考えられるか!」 「まぁまぁ殿、もう一本」  弥兵次が勧めるまま、もう一本引く。 「……大吉」 『お~』 「これで心おきなく謀反が起こせますのぉ!」 「お、おい待て、これは文を読むか読まぬかで……」 「ほら、これ全部謀反のお誘いですよ。将軍と帝と筑前殿」 「後ろ盾となってくださる方が三人もいらっしゃるんですから、ご心配は無用です」 「こら! 勝手に読むな!」 「無為(むい)に長く生きるより、一花咲かせた方が後世の記憶に残りまするぞ」 「そうそう。天下を取れたらめっけもんくらいの気持ちで、ぱーっとやりましょうよ」 「儂らの地味な人生にも、これでおさらばじゃ」 「おいお前ら、そんな心持ちで謀反など起こすな! こら待てっ、待たぬか! 勝手に出発命令を出すな! 進むな! 進んではならぬと言っておる!  待て、待てぇええ!」  こうして、惟任日向守(これとうひゅうがのかみ)光秀(みつひで)、つまり明智十兵衛光秀(あけちじゅうべえみつひで)は、主君である織田上総介信長(おだかずさのすけのぶなが)の寄宿している本能寺(ほんのうじ)へと発っていった。天正十(一五八二(いちごぱんつ)の信長、本能寺の変で討たれると覚えよう)年、六月一日のことである。  後世、多くの歴史家と作家の想像力を刺激した本能寺の変の動機は、未だにはっきりとしていない。事実を知る多くの者が羽柴筑前守秀吉(はしばちくぜんのかみひでよし)、つまり後の天下人豊臣秀吉(とよとみひでよし)との戦いである山崎の合戦で命を落としたからだ。生き残った者も、坂本城で十兵衛の妻子と共に炎の奥に消えてしまった。  確かなのは、十兵衛と交流の深かった吉田兼見(よしだかねみ)の日記である兼見卿記(かねみきょうき)に、「武田討伐への遠征時、明智軍は士気が低かった」という記述があること。そして中国にいた羽柴軍が予想以上の早さで京へ大返しをしたことである。そして、本能寺の変後、智将と呼ばれた光秀らしからぬ稚拙な行動が目立ったことから、この謀反は突発的なものだったと言われているが、定かではない。  真実は、藪の中だ。 「敵は本能寺にありぃ!」 「こら弥兵次! 儂に言わせろ!」 「よろしいではございませぬか。誰が言ってもさして変わりませぬ」 「頼むから、やめてくれぇえ!」  ただ、この物語がフィクションであり、実際の人物・団体名・事件等とは一切関わりが無いと言い切れないのは、紛れもない事実である。 
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