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お子様軍人ジェケット中佐と呪われし孔明扇 その1
一
俺様の名は、サンチェス。生粋のメキシコ人だ。
そして、イカしたルチャドール。つまりはメキシカンスタイルのプロレスラーをしている。しかも俺様は悪玉ルードのマスクマン。スパンコールだらけのカラフルなマスクを被り、まるで囚人を想わせるド派手なシマシマ全身タイツに身を包む。四角いリングを縦横無尽に暴れまわるのさ。
これから語るショートストーリーは、俺様サンチェスが活躍する激闘の物語……。
いや違う。ごくありふれた退屈な日常でも、ふと気づけば思わぬ非常事態に足を踏み込んでいる事だってあり得る……そんな教訓めいたエピソードだ。
或る晩の事、けたたましい電話の呼び鈴が俺様を叩き起した。電話口の向こうでは、
「ヤバイよ! 100ペナになりそう! コーメイが! オーギが!」
と意味不明な言葉ばかりが聞こえてくる。とにかく埒が明かない。そこで相手から指定された場所へ、俺様は急ぐ事にした。
高層ビルとビルの谷間から、緑がわんさか生い茂る森が見えてきた。大都会のど真ん中にある風光明媚な公園、セントラルパーク。せっかく急いで来たにもかかわらず、肝心の相手の姿は何処にも見えない。子猫一匹いない、静まり返った入り口で俺様は待ちぼうけを喰らわされるハメになった。
ドルン。ドルン。ドッルルン。ドルルルルルルルン!
耳をすませば、不気味な重低音がこだまする。俺様はこの音の正体が何であるか知っている。
姿を現したのは、一台のバイク。新聞配達の兄ちゃんが乗っている様な、コンパクトなバイクじゃない。もっと遥かにゴツイ、モンスターマシンだ。
「待たせたな」
俺様の前で軍用バイクから降り立ったのは小学生のお子様。カーキ色というか、ウンコ色を思わせるベレー帽を目深に被り、同じ色の軍服を一人前に身にまとっている。左目には皮製の眼帯をはめていた。
なんだこのガキ? 子供……お子様軍人?
思わずそんな台詞を口にしたくなるが、俺様はこのガキをよ~く知っていた。全くもって子供らしくない奇怪極まる風貌した奴の名は……。
ジェケット中佐。
《ルール無用の鬼団長》と異名を持つ、俺様とトリオを組む仲間の一人。子供ルチャドールだ。
「中佐どうしたんだ? こんな遅くに呼び出して? どうせ怖い夢でも見た……」
「サンチェスよ、今宵の我輩は何かひと味違うと思わんか?」
ジェケット中佐は俺様の言葉を遮る。小学生ならではの甲高い声で質問してきた。
ひと味違う? 何処が? 髪でも切った?
分からない。いつものお子様軍人にしか見えないぞ。
ただなぜか、本人は腰をクネクネ揺らせている。トイレでも我慢しているのか? 奴さんの真意が未だに計り知れない俺様は内心首を捻るばかり。よく見れば、右手に何かを握っている。街路灯の光に反射して眩い光を放つそれは……。
どうやら扇子らしい。ピンク色の柔らかな羽根が沢山ついた、なんともド派手な扇子だった。
「おい、中佐それは?」
ニヤリと笑みを浮かべた中佐は、扇子を全開させる。
「これぞ、伝説の扇子。諸葛亮孔明の羽毛扇だ!」
ショカツ、諸葛……はあ? どういう事? 突然の話題を振られて俺様は言葉を失った……。
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