お子様軍人ジェケット中佐と巨大金魚ダミアン その4

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お子様軍人ジェケット中佐と巨大金魚ダミアン その4

 四  俺様はこれ以上、余計な事は口にしなかった。突っ込みたい気持ちをグッと堪えて、中佐の研究内容に耳を傾ける。当の本人は釣り針に餌をつけるや、軽快に釣りザオをしならせる。ポチャンと釣り針は水面下に消えていった。黄色い蛍光色の浮きがプカプカ漂う様子を見つめながら、中佐は口を再び開く。どうやらまだ話の続きがあるらしい。 「この餌には金魚専用の成長促進剤が仕込んである」  中佐は軍の生物兵器研究所に赴いて、金魚を異常肥大化させる薬品を密かに開発していた。だが、着色までは手が回らなかったためか、おおよそ自然界には目にしないようなど派手な紫色をしていやがる。さすがの金魚も警戒しては寄り付かない。そこで中佐は好物のエサに注入することを思いついたらしい。「大きくなぁれ、大きくなぁれ。『デラコルテ』の様になぁれ!」と語り掛けながら、餌を与え続けたらしい。  はて? デラ……デラコルテ?   俺様は聞き直す。その『デラコルテ』とは一体何モノだ?  今は昔、成長して鯉になった伝説の金魚がいたらしい。その名こそが『デラコルテ』……って、本当なのか? 俄に信じがたいが、中佐が自らの研究内容に疑いを持たない理由は、伝説の金魚『デラコルテ』先輩の存在が大きい様だ。  中佐の世話の甲斐があったか?   はたまた、成長促進剤の効果なのか?   数センチ足らずの金魚は、子どもの鯛ぐらいまで成長していく。このまま順調に進んでいけば、一メートル大の錦鯉レベルにまで到達できる、と中佐は自信を深めていく……。    しかしだった。金魚を飼う事に人生の生きがいすら見出したジェケット中佐に、アクシデントが襲いかかる。それは或る大雨の日。裏庭で水槽の水を変えていた最中だった。金魚ダミアンが突然に騒ぎ出す。その身体をくねらせるや、大きく跳びはねる。水槽から飛び出た勢いそのまま、敷地沿いに流れる下水道へとダイビングしたのだった。  当時の事を中佐は思い出しながら、苦々しく呟いた。 「アレは偶然に起きた事故なんかじゃない。ダミアンは自ら逃げ出したんだ!」 「まさかな。金魚にそんな知能があるなんて……」 「否、ダミアンは金魚であって、金魚ではない! きっと今頃は鯉に変貌しているはずだ! だから我輩は釣り上げようと……あ、ああっ!」 「どうした、中佐?」  釣り糸を垂らす中佐に異変が現れた。口を真一文字に固く締め、両手で釣りザオを持ち直す。気づけば、浮きが忽然と水面から消えている。どうやら何かがヒットしたらしい。 「サンチェス。手伝ってよ!」  奴さんが悲鳴をあげる。俺様はすかさず、中佐の小さな身体の背後に回り込むや、ちょうど二人羽織をする態勢になって、助太刀した。竿を握った瞬間にやけに重たく感じる。ものすごい力で引っ張られていく感じだ。離すまいと力を込めるも、焼け石に水な感じで、ズルズルと池の淵まで二人して引きずられていく。 「これは大物だな!」 「きっと、ダミアンだ! 好物のエビのすり身に釣られたに違いない!」  竹製の釣り竿が異常なまでにしなり曲がる。ボキッと折られそうな嫌な予感……。何とかしなければと自らに言い聞かせるが、ふと釣り竿にかかっていた力がピタリと止んだ。  釣り糸を引きちぎられ、逃げられたのか?  抱き包んでいるお子様軍人から、またもや悲鳴が聞こえた。 「サンチェス。上! 上だよ!」  急に視界が暗くなる。見上げれば、宙に浮かぶ謎の物体が映った。果たして、アレは何なのか? そんな事を考える余裕すら無い。俺様と中佐は二人まとめて、巨大金魚ダミアンにガブリと一口で飲み込まれていった……。
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