お子様軍人ジェケット中佐と巨大金魚ダミアン その5

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お子様軍人ジェケット中佐と巨大金魚ダミアン その5

 五 「まいったな、こいつは」  俺様サンチェスは頭を掻きながらボヤいてしまう。こんなピンチに陥るのは久しぶり。此処は、巨大魚の体内、内蔵の胃辺りか……まんまと巨大金魚ダミアンに飲み込まれたのだ。しかもゴシップ記事で騒がれている以上に、金魚ダミアンは巨体だった。クジラの大きさすら凌駕しているかもしれない。潜水艦レベルの大きさだ。  ポケットに忍ばせておいたライターを点けてみる。辺りはぼんやりと明るさに照らされた。少し離れた場所で、見慣れたカーキ色の制服とランドセルが目に留まる。体育座りの姿勢のままゴロリと横になっているのは、ジェケット中佐に間違い無かった。   「我輩の方が食べられてしまうだなんて。そんな、そんな……」  歯をガチガチ鳴らしながら、奴さんはブツブツ呟いている。愛しのペットに喰われてしまった事がショックなのか? 顔は青ざめているが、どうやら身体の方は無事らしい。メキシコを代表するルチャドールが金魚風情に食べられて最期を迎えたなど、洒落にもならない。  しかしだ。魚の中でゆっくりもしてられない。足元にはベトベトした液体が……指ですくってみれば痛みが走る。強めの消化液らしい。このままでは俺様たちはドロドロに消化されてしまうだろう。そこで俺様は手を打つ事にした。《メキシコが生んだ最凶最悪のエキセントリック人間ミサイル》と異名を持つ俺様には、とっておきの必殺技がある。その名も《必殺アルバトロス》! 巨大金魚の内蔵に直接ぶち込んでやれば、怪魚といえども一発ノックアウト確実だ。 「必殺、アル~バト~ロス~」    両手を額の前でクロスして、標的をロックオンした俺様。しかし、何故かジェケット中佐が止めに入ってきやがった。 「暴力はダメだよ、サンチェス」  俺様の脇腹にしがみつき、懇願する中佐。どうか必殺技は繰り出さないで欲しい、と繰り返す。  何故だ? 俺様たちは消化液を浴びてドロドロのグニャグニャ、さながらパンケーキの生地にされてしまうのだぞ!  「だって、ダミアンは吾輩の大事なペット。ファミリーなんだから!」  俺様は言葉を失った。自分の命が危機に瀕しているにもかかわらず、奴さんは巨大金魚ダミアンの身を案じているのだ。これは意外だった。中佐といえば、自分の都合しか考えない、ワガママな御子様ばかりだと思っていた。けれども、こうして他人の事を思いやっている。夏休みのダミアン飼育生活が中佐を男として一回り成長させたのかもしれない。 「オーライ。乱暴な真似は止めるよ」  俺様は額に当てた両手を下げた。ほっと安堵の表情を見せた中佐。けれども、事態は好転しないまま、悪化する一方だ。何か他に策は、策はないのか? 困り果てる俺様に代わり、中佐が立ち上がった。 「策ならば、吾輩にある」  奴さんはランドセルから安っぽい扇を取り出した。漫画で読んだ三国志の諸葛亮孔明さながらに、右手で扇を華麗にかざす。一方の左手には一冊の本が。なんだアレは? 表紙に記されたタイトル名は…… 《伝説の鯉デラコルテ》だった。 「ダミアン。聞こえる?」  中佐はペットに語り掛け始める。だが、腹の中から話しかけられても普通は気づかないと思う。それでも、奴さんは孔明扇をフリフリさせながら愛しの金魚へ説得を続ける。その姿は健気とも云える。方や、必殺アルバトロスを封じられた俺様は特にするべき事もない。目に付いたのは、中佐が持参した件の本だった。 《伝説の鯉デラコルテ》とは、一体どんな秘本なのか?   手に取りページをパラパラめくってみれば、俺様は呆気にとられた。遠くアジア奥地の伝承が記されているかと思いきや……コレっておとぎ話か童話?  そうだ! 《伝説の鯉デラコルテ》とは、おとぎ話だったのだ。病気の母親を直す為に、少年は近所の池で違法に獲った金魚を町のマーケットで売りさばいては薬代を稼いでいる。或る日、謎の老人から一匹の金魚を授かる。それがデラコルテだった。少年は金魚に語り掛けながら懸命に世話をする。そして、金魚デラコルテは成長して、伝説の鯉と変貌する……そんなエピソードが。  しかもあろうことか、鯉となったデラコルテは可哀そうに少年の手に掛かり、鍋の具材として調理されてしまう。それを食した少年と母親は不老不死の身体を得たという奇想天外、トンデモない結末を迎えたのだった。 「鯉を食べて、不老不死に?」  俺様はピンと来た。何故、ジェケット中佐が貴重な夏休みを全て金魚の世話に注いでいたのか。 自由研究のテーマとして、金魚ダミアンを鯉に変貌させようとしていたのか……狙いは一つ。奴さんは不老不死になろうと企んでいたのだ!
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