お子様軍人ジェケット中佐と呪われし孔明扇 その2

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お子様軍人ジェケット中佐と呪われし孔明扇 その2

 二 「活目せよ、サンチェス。諸葛亮孔明が愛用せし、伝説の羽毛扇なり!」  俺様は目をパチクリさせた。諸葛亮孔明だあ?  「中佐よ。確か、諸葛亮孔明って……」 「ほぉ知っておるか? 古代中国に登場した天才軍師を」  ジェケット中佐は『三国志』を雄弁に語りだす。おそらく中佐の事だ、街の散髪屋で自分の順番を待っている間に読んだマンガに触発されたに違いない。確かに三国志の物語の中で、諸葛亮孔明が大きな扇子を振りかざして、味方の軍勢に指示を出すシーンなど俺様も印象に残っている。  しかしだ、諸葛亮孔明が実在の人物だったとしても、果たして本当に羽毛扇を使っていたか否かなど、現代人は知る由はない。しかも、その伝説的な孔明扇を、このお子様軍人が手にしている事が胡散臭い。俺様にはどうも信じられなかった。 「良いだろ? 我輩の自慢の扇であるぞ」  嬉しそうな顔をみせながら、相変わらず、右手に握った扇子を高く掲げてクネクネするばかり。俺様は少し苛つきながらも、或る事に気づいた。  あれ?  扇子には『トーキョー』『バブリー』などなど日本語らしき刻印が?   本当にコレは諸葛亮孔明が愛用していた羽毛扇だろう?   諸葛亮孔明とは遥か昔の中国の人物であり、どう考えても不自然だ。俺様はジェケット中佐と同列に「すげえじゃん、その扇子。伝説なアイテムゲットだぜ!」と呑気に喜ぶ程、楽天家ではなかった。 「中佐。いったん落ち着いてくれないか? 扇子をよく見せてくれ」  俺様は目の前でクネクネ動き続ける奴さんに告げた。 「我輩も、そうしたいのはやまやまなのだが、身体が全然止まってくれない」 「どうしてだ?」 「さあな。伝説の羽毛扇を使いこなす事がこんなにも大変だったとは……諸葛亮孔明もさぞや苦労したのだろうな」  そう答える間も、中佐はずっと動きを止めなかった。扇子を高く掲げてフリフリ仰いでいる、空いた左手は自分の腰に手を当てて、その場でクネクネ身体をよじらせて、なんかリズム感も妙にグッドだ……って、その様子はまるでダンス? 中佐は踊っている様にしか見えないのだ。  はあ? ダンス?   トーキョー?  バブル?   これらのワードが俺様の頭の中で駆け巡る。すぐにピンと来た。 「中佐! もしかして、その羽毛扇……」 「なんだ? 今の我輩は扇子を身体全体で操る事に忙しいのだが」 「それって諸葛亮孔明の羽毛扇じゃなくて……トーキョーのバブリーガールたちが」 「トーキョー?」 「お立ち台で踊る時に使っていた扇子、じゃないのか?」  瞬間、ジェケット中佐の眼帯の奥から殺気らしきモノが沸き立った。マズイ? しかしだ。中佐の機嫌を損なう恐れがあろうとも、俺様はもう胸の内に仕舞い込んでいる事はできない。我慢の限界だった。  一方で中佐の声が心無しか震えている。恐る恐る俺様に尋ねてきた。 「もしかして、諸葛亮孔明はバブリーガールだったのか?」 「違~う。そうじゃなくてさ!」 「すると、バブリーガールが諸葛亮孔明だったとでも? サンチェスよ」  流石はお子様軍人、ジェケット中佐。いくら軍隊で中佐の階級に任ぜられていようとも、頭の中はまだまだ小学生低学年のまま。奴さんにも理解できるよう、俺様が指摘してやるしかない。 「だからさ、それは偽物なんだよ。諸葛亮孔明が愛用していた扇子じゃないの! 一昔前流行った、トーキョーのバブリーガールたちが踊りの際に使っていた扇子なんだって!」  扇の素材も、水鳥の羽ではない。安っぽい化学繊維と分かる。しかもピンク色していやがるんだから……。
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