お子様軍人ジェケット中佐とカラ傘乙女桜子さん その3

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お子様軍人ジェケット中佐とカラ傘乙女桜子さん その3

 三 「サンチェス。我輩のマイハニーを紹介しよう」  それから七日が過ぎた。今日も相変わらず雨が降り続いている。またもや俺様は件のハンバーガーショップに呼び出されていた。今回は中佐の方が一足早く到着していた。混雑時にもかかわらず、奴さんは悪びれもせず四人用テーブル席を独りで占領していた。 「マイハニー?」 「こちらの女の子が、桜子さんだ」 「桜子……サン?」  思わず俺様はテーブル席を見回した後、訊き返してしまった。それもそのはず、奴さんが紹介した『桜子』なる女子は何処にも見当たらないのだ。一体、中佐は何を言っているのか? 俺様をからかっているのか? そもそも、先日、中佐が相合傘をするターゲットにしていたお目当ての女子は『ルーシー』ではなかったのか?  事情がさっぱり分からないまま、呆然とする俺様の目の前で、中佐は驚くべき行動に出た。テーブルに乗せられているポテトを一本手にとるや、 「マイハニー、あ~ん!」  と、俺様サンチェスの口に向かって……ではなく、和傘に直接こすりつけたのだ。 「ねえ『桜子』さん、美味しい? そう。ジュースも飲みたい?」  今度は空いた左手で紙コップを掴むや、そのままジャバジャバとジュースを傘にふりかける。オレンジ色の液体が和傘を伝って、テーブルに垂れていく……。  おいおいおい?   日頃、奇行言動を繰り返している中佐だったが、今日の奴さんはいつも以上にクレイジーだ。俺様が気になったのは、中佐が握り続ける和傘。サクラの花びら模様と中佐の口から出た『桜子』との関係が妙に気になる。これはもしかして? 恐る恐る尋ねてみることにした。 「なあ、ジェケット中佐。お前さんの隣の席に……誰かいるのか?」 「うん? だから今紹介しただろう。マイハニー『桜子』さんだよ」 「……その『桜子』さんは、どんな娘さんなんだ?」 「見ての通り、『桜子』さんは着物が似合う黒髪乙女さんだ」  おいおい、『見ての通り』と言われても、俺様の目には黒髪乙女など微塵も見えやしない。ただ花柄模様の古びた和傘が大きく開いたままなのだ。何だコレは? 最近、プロレス興行が忙しくて俺様はどうにかしてしまったのか? コーヒーでも飲んで気を落ち着かせようと、握った紙コップ。小刻み揺れるコーヒーの水面に、ぼんやりと微かに映ったのはどす黒い人影?  もしや『桜子』さん?  俺様は我に返ると、再びコップから顔を上げ真正面を見据える。しかし、そこには黒髪乙女の姿など何も見ることはできなかった……。
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