お子様軍人ジェケット中佐とカラ傘乙女桜子さん その6

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お子様軍人ジェケット中佐とカラ傘乙女桜子さん その6

 六 「まいったな。中佐は本気なのか?」  ジェケット中佐への説得に失敗した俺様サンチェスは頭を掻きながらボヤいた。中佐は『桜子』と別れるつもりは無いらしい。死ぬまで彼女と共にいるとの事。中佐の生命の危機を救いたいものの、これは同時に中佐自身の生き方の問題でもある。奴さんが恋に生き、恋に死ぬことを望むのであれば、他人がそれ以上とやかく言うことは野暮であり、本人の誇りを傷つけることになりかねない。未だ小学三年生とはいえ、同時に軍人であり、ルチャドールとして活躍している中佐を俺様は尊敬している。故に、奴さんの決断を尊重してやりたいのだ。 「しかしな……あんなヘロヘロな身体でリングに上がれるのか?」  今夜は、プロレス興行の日。妖怪傘に生気を吸い続けられ、すっかり衰弱しきった中佐は一人で移動することもままなくなっている。仕方なく俺様は中佐を迎えに放課後の小学校まで来ていた。児童が次々と下校していくが、中佐の姿は一向に見えない。日直の仕事で遅くなっているのか? はたまた授業中も和傘を広げたままの奇行に、職員室で説教を受けているのだろうか?  空を見上げてみれば、どんよりとした灰色の雲が重なり、遂には大粒の雨が降りだしてきやがった。それでも、中佐らしきちんちくりんのお子様軍人は姿を現してこない。 「チッ遅いな……おや、あれは?」  正門から遠く先に見える昇降口には一人の少女が……。俺様の視界には、彼女のブロンドヘアだけが眩しく映ってしまう。中佐のマドンナ、ルーシー本人に違いなかった。彼女は靴を履き替えたものの、眉をひそめて昇降口で立ち尽くしている。辺りには誰も他にはいない。どうやら傘を持ってきてはいない様子だった。  そこに遅れてフラフラと杖をつく様にして現れたのは、カーキ色の軍人制服姿のガキ……紛れもないジェケット中佐だった。生気をほとんど吸い取られた中佐は歩くことも辛そうだ。件の和傘を杖代わりにして歩をすすめる始末。  ルーシーは振り向くと、中佐をじっと見つめている。彼女が一体何を考えているのか? 正門からずっと見守っていた俺様にはよく分かった。眉をひそめ、唇を噛み締め、思案しているルーシー。遂に彼女は決断を下したらしい。ツカツカと一直線に中佐の方へ近づくや、一言二言語りかけた。うつむき加減の中佐は顔を上げる。 「ジェケット中佐……」  これから二人はどうなるのか? 俺様はただ二人の様子を固唾を呑んで見守るしかできない。やがて二人はそろって歩き出す。杖代わりに使われていた和傘が大きく開かれる。一気にサクラの花びら模様が咲き出した……。
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