お子様軍人ジェケット中佐と目覚めし伝説のレッドアイ その2

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お子様軍人ジェケット中佐と目覚めし伝説のレッドアイ その2

 二  ーー赤いヤツが来る! ヤツが来るんだ!  ジェケット中佐はそう云うや、先に石段を登り始めた。千段を超える石階段など、俺様は御免被りたい。しかし、中佐本人はこの先にあるジンジャに用事があるらしい。ハアハアと薄暗闇から中佐の息切れが聞こえてくる。いつもの奴さんならば、この程度の石階段などピョンピョンと軽快に飛び越えていくはずなのに……。それでも小高い山の頂上にあるジンジャを目指すには、理由があるのだろう。  中佐が恐れるモノとは、ジャパン出身のいかついスモウレスラーでも、アフリカ産アナコンダでもない。今は七月初旬、あと三週間もすれば、夏休みが到来する。お子様たちにとって待ち焦がれた夢の一大バカンスだ。  しかしだ。中佐には、夏休みを迎える前にどうしても超えねばならない試練があった。  ーー学期末テスト。  中佐の通う小学校とは厳しい校風で知られている。試験結果が思わしくなく赤点評価を受けた児童にはペナルティが課されるのだ。人呼んで『赤点ドリル』……電話帳並のぶ厚い学習ドリル。しかも、中佐は過去二年連続で赤点ドリルの常連だった。 「去年のドリルは……まさに地獄だったよ」  激戦地から引き上げてきた兵士さながらに、中佐は遠い目をして語った。奴さんにとって、一学期末テストとは赤点ドリルを与えられる地獄のセレモニーに他ならないのだろう。  しかし、今年こそは赤点ドリルを貰う訳にはいかない! と軍の情報システムを私的に使ってまで策を講じる。検討の末に出された秘策とは…… 「我輩、ジンジャに祈願しようかと思うんだ!」  俺様は卒倒しそうだった。軍の情報システムを使えば、いとも簡単に小学校のサーバーに侵入し、次回のテスト問題だって盗み見れるだろう。だが、中佐曰く「そんな汚い真似して、明日の牛乳を旨く飲めるか!」と一刀両断。変なところで正義感と男気にあふれているのだが、ジンジャに神頼みするのもどうなのかね?  「サンチェスよ、知らないのか? このドクロヤマジンジャの霊験あらたかなるご利益を!」  ニューヨーク郊外に、そんな名前のジンジャがあるなんて俺様は知らなかった。そもそも真っ平らな地形のニューヨークシティに千段もの階段が連なる山など見たことがない。もしやすると、此処は真夜中にしか出現しない、かなりディープでヤバメなスポットかもしれない。 「お賽銭を奮発して、鐘をじゃらじゃら鳴らそうか! お祈りの時間だ!」 やる気満々な中佐は、境内に敷かれた砂利道を嬉しそうにスキップしていく。けれども、俺様は真似する気にはなれなかった。「カツーン、カツーン」と金属を打ち鳴らす音が絶えない。境内をぐるりと見渡せば、周辺にある林の奥に、チラホラ人影が見える。  果たして、こんな夜中に何をやっているのだろう? 目を細めてみれば、白衣姿の皆さんは一心ふらんに藁人形を木に釘で打ち付けているではないか! あれは一体何を意味するのか? 俺様は考えたくもなかった。  不幸中の幸いか、中佐は人形も釘にも興味は無いらしい。型どおりにお祈りを済ました奴さんの顔に少し安堵の色が見える。神頼みでテストの点数がアップするとは思えないが……。 「ジンジャパワー全開! これで三週間後の赤点ともオサラバだ!」  ガッツポーズをする中佐の後姿を見て、何やら嫌な予感が過ぎったのは、さっきまで俺様がホラー映画を鑑賞していた為では無かった……。
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