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お子様軍人ジェケット中佐と目覚めし伝説のレッドアイ その4
四
学校の勉強のみならず、ルチャリブレ、軍の活動など多方面に渡り大活躍をしはじめたジェケット中佐。ヘタレお子様軍人に過ぎなかった奴さんが、かくも見事な変貌を遂げたことには理由があった。中佐は明かす。
ーー我輩は、『レッドアイ』に目覚めたのだ!
それは真夜中に二人でジンジャを参拝した翌朝だった。起床直後に眠気まなこで鏡に向かった中佐は、自らの顔を見て驚愕の叫びを上げた。
「眼が〜! 我輩の左眼が赤くなっている〜!」と。
中佐は気づいた。図書室で呼んだライトノベルに登場していた、あのチート主人公。彼も自分と同じく赤い左眼を持っていたことを。
「ジンジャの神様は我輩にとてつもない力を授けてくださった。否、我輩の中に長らく眠っていた神秘の力が、ジンジャ参拝をきっかけに遂に目覚めたというべきだな」
クックックと笑うや指先をまぶたに添える。左まぶたを大きく上下に広げれば、
「とくと見よ、これがレッドアイだ! ピカー!」
中佐から説明を受けても、正直俺様はピンと来なかった。そいつはライトノベルなどで登場してくる二次元限定の異能力。あくまでフィクションの類であり、それを十分理解していながら、現実世界で『レッドアイ』などを口にする輩は、周囲から『アイツ、中二病だよな』と馬鹿にされるのがオチなのだ。
しかしだ。中佐を単なる中二病と認定してしまって良いのだろうか? 今日再会した奴さんは一味もふた味も確かに違っていた。まさにスーパーマンだ。すると、中佐の云う通り、本当に奴さんの左眼には『レッドアイ』なる神秘の力が宿ったのかもしれない。
「スゴイじゃないか、中佐。お前サンの『レッドアイ』!」
とりあえず拍手を送ってやることにした。別に『レッドアイ』に目覚めたとしても何も害は無い。むしろ『赤点ドリル』に怯え憔悴していた時よりも遥かに望ましい状態ではないか。
「サンチェスはどうなんだ? 一緒にお祈りしたんだから、覚醒していないのか?」
「いや、俺様は何も変わりはないけど……」
「そうか、選ばれた一部のニンゲンにしか覚醒しないらしいな。『レッドアイ』は!」
ピョンピョンと控室のソファの上で跳びはねる中佐。とにかくだ、これで学期末試験も無事にクリアできるだろう。俺様だって、夜中のビデオ鑑賞を邪魔されることも無くなる。まさに一見落着。俺様は先に家路に就こうと控室の出入り口へ向かおうとする、その時だった。
「フォフォッフォ、オツカレサン」
ドアが開かれる。控室に現れた白衣姿の老人……俺様たちプロレス団体専属ドクター『チェン』。プルプルと枯れ枝の様な右手を振り上げ挨拶をしてきた。どうやらドクターは、試合後のプロレスラーの体調を検診しに来てくれたらしい。じろりと俺様のボディを一瞥するや、
「サンチェスよ、お前サンは何も異常は無さそうじゃな。相変わらずのマッスルボディじゃ。フォッフォッフォ」
ドクター歴百年を超えているのは伊達ではないらしい。聴診器をあてるでも、問診するでもなく、たった一目で患者の状態を見極めてしまう……ニューヨーク随一の無免許医たる所以だ。
ドクターは「夜八時を過ぎたら、眠くなってきてのう。ワシもすっかり齢じゃわい」とアクビをしはじめた……かと思いきや、突然に鋭い眼差しを向けてくる。
対象は、俺様ではない。ジェケット中佐だった。
「そこのお子様軍人よ! お主、まさか……」
ドクターは中佐を呼びつける。ガッとお子様の顔を両手で引き寄せるや、「ムムムム。この左眼は〜」
ドクターのうなり声が。流石は百年名医は『レッドアイ』に気づいたと云うのか?
「この眼は……この左眼こそは〜」
『レッドアイ』に覚醒したことのお墨付きを貰えるかと、中佐もゴクリと唾を飲み込む。しかし、しかしだった。
「結膜炎に罹っておるぞ。この赤い左眼」
「え? 結膜炎?」
ホレ、点眼薬じゃ。とドクターは白衣から小さなクスリを取り出すと、中佐に手渡した。手のひらに乗せられた点眼薬に目をやりながら、中佐は今何が起きたのか、全く把握できていない様子だ。
「結膜炎? ねえ結膜炎ってなに?」
迷える子羊の問いかけに、俺様は何も応えることができなかった。
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