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お子様軍人ジェケット中佐と目覚めし伝説のレッドアイ その5
五
「もしもし、ジェケット君の保護者の方でしょうか?」
七月半ばのある日、俺様宛てに緊急連絡が入った。
相手は中佐の通う小学校。まさか中佐の身に何が起きたのではないか? 俺様は大急ぎで学校に向かった。職員室に案内された俺様を待っていたのは、中佐の担任教師。以前、授業参観で小学校を訪れた際に会ったことがある。メガネが似合う、若い女先生だった。
「セシカ先生、中佐に何か起きたのですか?」
俺様は職員室を見渡す。だが、中佐の姿は何処にも無い。『レッドアイ』に覚醒したと喜んでいた中佐だったが、ドクターチェンの検診によって赤い左眼は単なる結膜炎だと判明した。あの時の中佐の驚きと失望と困惑とがミックスされた表情。まさか自分の『レッドアイ』を否定されるとは! 中佐が被ったダメージは計り知れないのだろう。その後、中佐とは音信不通になってしまった。
「今日は一学期末テストが行われまして……」
セシカ先生の説明に俺様は黙って聞き入る。そうか今日が中佐にとっての勝負の日だったのか。『レッドアイ』を否定された中佐は気を取りなおし、ちゃんと試験に望んだのだろうか? だが、無事にテストが終了したのであれば、わざわざ保護者を呼び出す必要は無い。それでは、中佐はオール満点を獲得したとでも? 否、その逆だ。試験勉強に根を詰め過ぎたあまり、過労でダウンしたのではあるまいか?
「実は、ジェケット君が……」
全く違った。事件を起こしたらしい。
試験開始ギリギリに教室に飛び込んできた中佐は、いつものカーキ色の軍服姿をしていなかった。真紅のマントを羽織り、マントの下には赤いパンツを一丁履いているだけ。両目は赤く充血し、唇には真っ赤なルージュを塗りたくっている。髪は紅しょうがの如く真っ赤に染めていた。尋常ならざる中佐の出で立ちに、クラスメイトたちの間で悲鳴が起こる。
当の奴さんは席につくとテストを受けようと必死だ。しかし、変態じみた児童を先生は見過ごすことはできない。数人がかりで取り押さえられるや、教室から強制退場になったらしい。
「ジェケット君は、日頃からおかしな言動が目立ちますが、今日は特に酷かったので……」
本来ならば、中佐の父母が学校に呼び出される処だが、中佐は頑なに拒んだと云う。そこで仕方なく保護者代理として俺様サンチェスに白羽の矢が立ったらしい。俺様は保健室に案内されるや、ベッドでぐっすり眠るお子様軍人と対面した。騒動を起こした末に、精も根も尽き果てたのだろう。俺様は眠ったままの中佐をおんぶすると、セシカ先生に頭を下げて小学校を去った。
「赤なんか……赤なんか……」
背中越しに細い声が聞こえてくる。うなされている様子だ。
「赤なんか嫌いだ!」
俺様は心のなかで自問する。
確かに、ジェケット中佐は騒動を起こした。大事な学期末試験の教室に赤パンツ一丁の姿で現れる児童なんて、ニューヨーク広しといえども、中佐以外には居やしない。だがしかし、中佐が採った行動とは、周囲のニンゲンには全く理解され難い、常軌に逸した奇行だったのか?
ーー否、違う。
俺様は知っている。中佐には確たる動機があった。苦手な勉強を克服して、無事に学期末テストで赤点を回避する。地獄の『赤点ドリル』を課せられずに、ごく普通の夏休みを迎えたかったのだ。
しかし、残念ながら中佐は勉強が苦手だ。このまま手をこまねいていれば、赤点ゲットは確実だろう。そこで怪しげなジンジャへ神頼みをしてでも、窮地を脱しよう企てた。
その後、中佐の左目は深紅に染まった……。
赤く光る神秘の力『レッドアイ』さえあれば、自分はスーパーマンになれる! 中佐が見据える将来にはきっと希望の光が見えていただろう。そして、実際に勉強だけにあらず、プロレス、軍の活動に渡って大活躍をすることになる。左眼に宿した『レッドアイ』とは、単なる結膜炎に過ぎないことも知らないまま……。
否、真実を知らず、ただ自分の身体に秘められていた力が覚醒したと誤認したからこそ、中佐は途方もないガンバリを発揮できたのだ。
しかし、悲しいかな。中佐は己の『レッドアイ』をドクターに否定されてしまう。
もしも、真実を知らされる日が、一学期末テストよりも後日だったのならば? それを思えば、中佐本人が気の毒でならない。テスト直前で『レッドアイ』を失った中佐は、何を感じたのだろう? 真摯にを受け止め、地道にテスト勉強を再開したのだろうか?
否、おそらく違う。
中佐は、もう一度願った。己の左眼に『レッドアイ』が宿ることを。中佐は望まずにはいられなかった。めざましい活躍をしていた過去の自分に戻りたい。もしも成功できれば、いとも簡単に学期末テストもクリアしてみせよう!と。
しかし、問題は他にもある。
果たして、どうすれば自分に『レッドアイ』が覚醒するのだろうか? 何も知らない中佐はとにかく試行錯誤を繰り返したに違いない。その証が、赤マントであり、赤パンツであり、唇に塗りたくった真紅のルージュ、紅しょうがのごとき髪、充血した両目だったのだ。
一方で、何も事情を知らされていない者たちにとっては、ジェケット中佐がみせた振る舞いとは、テスト妨害を兼ねた理解しがたい奇行にしか映らなかったのだろう。
もしも、彼らも真相を知れば?
真面目に努力することを怠って、安易に異能力にすがろうとした馬鹿な奴だ! と中佐を指をさして嘲笑するのだろうか?
しかしだ、そんな事は俺様サンチェスが許しはしない。絶対にな。
「うん……我輩のランドセルは、何処?」
中佐が目覚めたらしい。何故、俺様サンチェスにおんぶをされているのか、すぐには理解できない様子だ。
「ねえ、サンチェス。テストは?」
「お前サンだけは後日、追試になったよ」
「そっか。アレ? アレレ?」
中佐は俺様の背中にしがみつきながら、器用に首を俺様の顔に近づけて、「サンチェスの眼、ウルウルと赤くなっているぞ?」
レスラーマスクの隙間に覗いている俺様の両目を指差した。ややテンション高い声で
「もしかして、サンチェスも『レッドアイ』に? そうなのか? 覚醒したのか?」
「いや、俺様のはだな……」
鼻をぐしゅんと鳴らし、俺様は返答に困った。今、俺様の両目が赤くなっているのは、別に『レッドアイ』を宿したのでも、結膜炎に罹ったのでもない。しかしだ、本人に向かってその理由を正直に告げる訳にはいかなかった。話を逸らす様に、
「少し寄り道していくか。ハーレム地区に新しいカキ氷屋が進出したらしいぞ」
「え? かき氷? 行く行く!」
「お前サンは頑張った。甘くて冷たいモノでも食べて、少しクールダウンだな」
「我輩、氷イチゴが食べたいな」
イチゴだと? さっき寝言で赤いモノは嫌いだと言っていたばかりだ。俺様は少し意地悪く訊いてやる。
「赤は嫌いではなかったのか?」
「うん? イチゴは好きだよ。赤くないイチゴなんてあるの?」
「否、無いな」
中佐は思ったよりもタフだ。心配無用な気がする……そう思った俺様は苦笑いをした。
お子様軍人ジェケット中佐と目覚めし伝説のレッドアイ 了
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