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お子様軍人ジェケット中佐と呪われし孔明扇 その5
五
ジェケット中佐よ! 何処に行った?
俺様サンチェスは必死に追いかけた。DQN系中ニ病を患っている感もあるが、同じルチャドール仲間、放っては置けなかった。全力で走ること数分、噴水広場と思しき場所には、大勢のニンゲンたちが集まっている。
こんな真夜中に?
ギグでも開催しているのか?
いや違う。誰しも皆、ピンク色したド派手な扇を手にしている。中佐ご自慢の伝説?な孔明扇に違いなかった。
ところで、ジェケット中佐は?
人混みの中に……ランドセルを背負ったカーキ色のちんちくりんが居た。依然として扇ダンスを続ける中佐の顔はやけに険しい。
「おのれよくも~」
奴さんは怒っていた。古の天才軍師が使いし、唯一無二の孔明扇が至る処でフリフリされている。百聞は一見に如かず、とはまさにコレ。まんまと騙されていた事実に中佐本人は初めて気づき、あこぎな商売の犠牲になった事へ怒りの炎を燃やしている……筈だった。
「こんなに大勢の罪なき者達に、まがい物の羽毛扇を売りつけおって!」
その『大勢の罪なき者達』に中佐自身はカウントされていない様子らしい。あくまでも自分の孔明扇だけは本物であると疑いを持っていないのだ。
一方、噴水の中央には、巨大なモニュメントが鎮座していた。グリュグリュグリュ~と異音を放ち、やがて宙をふらりと浮かび上がった……コレって。宇宙船か?
俺様だって驚きを隠せなかった。よもや深夜のセントラルパークに宇宙船が出現するとは! いくら目をこすろうが現実は現実のまま、宇宙船は徐々に高度を上げ始めた。一方で地上にいるニンゲン達は皆、羽毛扇を天にかざしてフリフリさせる。すると、宇宙船の底から放たれる、まばゆいピンク色の光線が。羽毛扇で光を受け止めたニンゲンの身体が、ふわり浮き上がった。そのままゆっくりと宇宙船へと接近していき、遂には船内に吸い込まれてしまったのだ。
マジ?
俺様サンチェスは寒気を覚えた。
ここにある扇は全て、諸葛亮孔明のまがい物でも、呪いの扇なんかでもない。実の処、宇宙人に操られ、捕縛される恐怖のアイテムに過ぎなかったのだ。羽毛扇でピンク光線をキャッチしたら最後、次から次へと宇宙船へと回収、捕縛されていく哀れなニンゲン達。
ジェケット中佐は?
不幸中の幸いか、低い身長の為になかなか共鳴できていない。俺様は安堵のため息をついたが、一方の中佐といえば更に怒りを増していた。
「ぼ、ボクを仲間ハズレにしたな! あっ? ちが……否、違った」
ゴホンと咳払いした中佐は改める。空に漂う宇宙船に向かい宣戦布告した。
「我輩を、我輩を愚弄したらどうなるか? 我輩を怒らせたら……怖いよ」
仲間ハズレ……それは小学生にとってはまさに悪夢のイベント。もしやすると、個性溢れるジェケット中佐は学校内で、仲間ハズレの憂き目にあっているのかもしれない。
「フハハハハ。ジェケット中佐を改め、この諸葛亮孔明。我輩によるショータイムの始まりだ!」
どうやら、中佐のDQN系レベルが危険水域にまで達してしまったらしい。本物の諸葛亮孔明はこんな下卑た笑い方はしないと思うけど。こうなれば、デンジャラス。俺様だってお手上げだ。中佐を止める事ができる者は、奴のマミーぐらいだろう。
奴さんは奇想天外な行動にうって出た。背負ったランドセルからアイテムを取り出す。リーフレット? 折りたたまれた冊子を片手のみで器用に広げていく。そして何やらブツブツ呟いている。中佐は何を喋っているの? 近づき耳を傾けてみれば、
「ギョ―ジン、ハンニャハーラーミータージー」
般若心経だった。
なぜかは分からない。が、突然に般若心経を唱え始めたのだ。もしや、仲間はずれにされた時は唱える事で心の平静を取り戻しているのか? 子供らしからぬ行動に、俺様は正直身震いする思いだった。
「シキフーイークー、クウフーイーシキ」
相変わらず、般若心経を詠唱し続けるジェケット中佐。もはや誰一人として止める者などいない。でもさ~、宇宙船から降り注ぐピンク光線を避ける方が大事じゃない? さっさと逃げるとしようか! と俺様は中佐に声を掛ける事にした。
「なあ、中佐……」
「サンチェスよ、知っておるか? 赤壁の戦いを?」
あ? せきへき?
「あの時、曹操率いる大軍勢を前にして、我輩は奇跡を起こした」
言わんとする事がちっとも理解できない俺様を見て、奴さんはニヤリ笑う。
「今一度、その奇跡を見せてご覧いれよう」
これまでずっと右手で扇をヒラヒラさせていた奴さんはピタリと動きを止めた。今度は両手でしっかと羽毛扇を携える。膝近くまで両手を下げるや、
「吹きすさべ、『赤壁の強風』よ!」
渾身の力を込めて、天に向かって扇を振り上げたのだ。刹那、奴さんが振るう扇から強烈な風が巻き上がる。そのまま空高く、宙に浮かんでいる宇宙船が左右に大きく揺らめいた。アンビリバボー! 驚くばかりの俺様の横で、奴さんは二度三度と羽毛扇を振るう。その度に強風が湧き上がり、宇宙船に直撃する。
「フハハハハ。我輩の孔明扇の威力、味わうが良い!」
ジェケット中佐は薄気味悪く微笑んだ。まさに悪魔の笑み。上空の宇宙船からはバラバラとニンゲンと思しき物体が噴水へ着水していく。
「きゃー」
「落ちる~」
「ヤメて~」
口々に叫び嘆いているのは、もちろん宇宙人ではない正真正銘のニンゲンだ。これは流石にマズイんではないの?
「ヒャッハー! オラオラオラオラ! 泣き、喚け、命乞いしろ! 仲間ハズレにしたお前らの叫び声が我輩の子守唄になるのだ!」
とても小学生らしからぬ台詞。担任の先生が聞けば間違いなく放課後職員室に呼び出され、100個目のペナルティスタンプを児童手帳に押される事、確実だろう。だが、本人は実に活き活きとしていた。孔明扇を振るう快感に酔いしれてしまったのだろう。
「ママ見て! ボクできたよ! 『赤壁の風』を起こす事ができたよ!」
テンションマックスのご機嫌状態。
グラグラと宙を揺らめく宇宙船から、囚われのニンゲン達は出尽くしたらしい。既に全員を救出できた様子だ。だから風を吹かせる必要はもう無い。それでも、ジェケット中佐の暴走は止まる事を知らなかった。生憎、急風で遮られては俺様の声は届かない。そこで両手をクロスしてコンタクトをとる。合図を送ったのだ。
――中佐、ヤメろ! 噴水広場から撤収だ!
俺様たちルチャドール仲間の間で、言葉は要らない。ジャパンの『以心伝心』を通信教育でマスターしていた。メッセージを即座に受け取ったジェケット中佐は付け髭をわざとらしく触る。返答してきた。
――サンチェスよ。我輩は『赤壁の風』を止める方法を……知らない。
――馬鹿、簡単だろ。両手を止めれば良いんだよ。馬鹿!
――そんなに「馬鹿」「馬鹿」言うなよ! サンチェス知っているか? 馬鹿と言った奴が馬鹿なんだからな!
子供じみたやり取りに興じる俺様たち以外に、噴水広場にはもう誰もいなかった。バランスを大きく崩した宇宙船は、遂に真っ逆さまで噴水めがけてダイビング! 猛烈な水飛沫を全身に浴びた俺様二人は、続け様に爆風まともに受けて数十メートル先まで飛ばされた。
「ああ、我輩の孔明扇が……」
調子に乗って振りすぎた為、羽はことごとく抜け落ち、中佐の手には扇の握りしか残っていなかった。後日、哀れに思った俺様は、通販サイトで諸葛亮孔明コスプレ用羽毛扇を手に入れる。ジェケット中佐にプレゼントしてやった。奴さんは新しい羽毛扇を前にして、トラウマでも思い出したのか一瞬苦々しい顔をみせてきたが、
「ありがとう」
そう呟くと右手でしっかり新しい孔明扇を握った。
お子様軍人ジェケット中佐と呪われし孔明扇 了
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