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お子様軍人ジェケット中佐の、今日はカッパ日和 その1
――ねえ、サンチェス。キスってどんな味がするのかな?
そう呟いたジェケット中佐は、まだ小学三年生のマセガキだった。
一
俺様の名は、サンチェス。生粋のメキシコ人だ。
そして、メキシカンスタイルのプロレスラーをしている。しかも悪玉ルードのマスクマンだ。スパンコール付きのカラフルなマスクを被り、ド派手なシマシマ全身タイツに身を包む。四角いリングを縦横無尽に暴れまわるのさ。
これから語るショートストーリーは、俺様サンチェスが活躍する激闘の物語……。
いや今回は違う。たった一つの願いを叶える為には、どんな犠牲を払う事もいとわない。だが、『純粋』と云う名のコインを裏返せば、そこに記されているのは『執念』……今、思い起こせばゾッとするホラーなエピソードかもしれないな。
或る土曜日の昼間、俺様はニューヨークシティの一角にある小学校を訪問していた。とはいっても、ちびっ子達に本場メキシコのプロレスを披露する為ではない。完全プライベート、ルチャドール仲間の一人、《ルール無用の鬼団長》と異名を持つジェケット中佐に頼まれたのだ。
「来週の土曜日、我輩の授業参観に来てもらいたいのだけど」
ジェケット中佐は、ルチャドールであると同時に、軍人。そして現役バリバリの小学三年生でもある。多忙を極めながらも、コツコツ小学校に通っている。学校が好きなのだ。しかし、残念な事に中佐のご両親は仕事で都合がつかない。そこで保護者代理として、俺様に白羽の矢が当たったらしい。
俺様は即答イエス。最近の奴さんは、プロレス控室にもDVDプレイヤーやらノートを持ち込んで何やら勉学に勤しんでいる様子。成果を授業参観で披露したいのだろう。努力を見届けるのも兄貴分としての役割なのだ。
さて、今日の授業参観の科目は何か?
英語? 社会? 算数か?
それが意外や家庭科!
しかも調理実習を行うらしいのだ。実習室には、先生や児童の他に、多くの保護者が入り、満員御礼のすし詰め状態。派手なマスクを被った俺様を見るや、児童や保護者達がざわめき出す。無理も無い。本場メキシコのルチャドールを目の前にする機会なんて、そうそう無いのだからな……。実習室の後ろから視線を送ってみれば、当の中佐は調理器具の準備に忙しい様子。チラリと俺様の姿を確かめると、ほんの一瞬ニヤリと笑った様な気がした。
いよいよ授業参観が始まった。担任の女先生が黒板にチョークで書いてメニューとは、
《サンドウィッチ》
パンに何を挟むかは各自の自由。出来上がった料理は、来てくれた保護者に食べて頂く。なるほど粋な授業内容だ。中佐の料理する様子を伺ってみる。だが、中佐は最前列に位置して、どうにも見えづらい。しかも、四人一組のグループになっているにもかかわらず、たった独りで背中を丸めて調理に勤しんでいるのだ……。
もしや?
俺様は思った。中佐は類まれな才能があるも、奇行を繰り返す性格の持ち主。奴さんの児童手帳には、問題行動を起こす毎にペナルティスタンプが押され、絶えず退学の危機に瀕している。気の合った友人は出来ないのか? 確か、ルーシーという名の思いを寄せる女子がいた様な気がした。
しかしだ。俺様が心配する事は他にもあった。腹がギュルル~と大きく鳴り出す。実は今朝から腹をくだし、下痢ピー気味。まさか今日の授業参観がまさか調理実習だったとは……タイミングが悪いとしか言いようが無いぜ!
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