ふたりの秘事

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『高木ー、さっきメールした図面の修正、朝一で頼める?』 「えっ……朝一ですか?」  終業時間まであと10分。机の上にある書類の山に目をやる。   『急遽明日の打合せで使うことになったから』 「他の案件もありまして……」 『なに?』 「いえ……やってみます……」 『よろしく』  勢いよく電話を切られてツーツーという電子音が鳴り響く。ため息をついて受話器を置くと隣から「また河合さん?」という心配そうな声が聞こえた。 「えぇ、まあ。明日使うことになった図面の修正を頼まれました」 「河合さん、高木くんに当たり強いよね。他の人にはそうでもないのに。高木くんおとなしいからな」 「そうでもないと思いますけど」 「私も手伝おうか?」 「いやいや、大丈夫です。ありがとうございます」  メールを開いて添付ファイルを確認する。はぁ、他にもやらなきゃいけない事あるのに。今日は何時に帰ることができるかな……。  自分が叩くキーボードの音だけが響くオフィス。ここだけ明かりが灯っていて他は真っ暗だ。 「よし、できた」  メールを送って伸びをする。思っていたよりも早く終わったな。まぁ、あとは明日の自分にお願いすることにして帰り支度を始める。 「高木?」 「あっ……河合さん。お疲れさまです」 「お疲れ。できた?」 「さっき送りました」 「悪かったな」 「いえ」    河合さんはこういう無茶振りをしてきた時、必ずここにやってきて詫びを入れる。そして、僕が終わるまで一緒にいて手伝ってくれたりする。 「もう終わり?」 「はい」 「今日は?どうする?」 「頑張ったからご褒美もらってもいいですか?」  返事の代わりにキスをされる。誰もいない部屋で、誰も知らない僕たちの秘事。 「準備できました」  河合さんの家。ベッドに座る彼に近づくと「舐めて」と言われた。四つん這いになって股間に顔を埋め、パンツ越しに手でスリスリと擦ってからお目当てのものを露出させる。まだ勃っていない彼のもの。ゆっくりと舌で舐めながら口に含んでいく。僕が吸いあげると少しずつ硬さを増していく。 「ひぁ!?」  ローションをお尻に垂らされてそのひんやりとした感覚にゾクリとする。 「あっ、河合さん。ダメ……舐められなくなっちゃう」  指をお尻の穴に突っ込まれグチュグチュと掻き回されて矯声を上げる。 「止まってる」 「あっ、ごめんなさい……あぁッ」  前立腺をグリグリ刺激されてフェラどころではない。 「アッ、そこっ、やぁ……あっあっ……ゔっ――」  口の中に思いっきり突っ込んできて思わず呻いてしまう。彼が自ら動き始めた。僕はそれを咥えるのに必死だ。急にズルリと引き抜かれ、荒い息を吐いていると、彼が僕のお尻の方に移動して本格的に中を指で蹂躙し始めた。顔をシーツに埋めて襲い来る快感に酔いしれる。たっぷり解された僕の中は彼のものがほしくて堪らない。 「欲しい?」 「欲しいです……あぁぁっ!!」  一気に貫かれて悲鳴に似た声が出てしまう。ガンガン突かれてその度に気持ちよくなって声を上げた。体位を変えて責められまくってクタクタになったところでようやくフィニッシュを迎えた。めちゃくちゃ気持ちよかった。脱力してベッドに寝そべる。 「次はちょっとゆっくりするわ」  色んなところに口づけを落とされながら次の予告をされる。 「激しくがいい」 「あんま激しくしたらお前途中で寝落ちするだろ」 「うーん」 「次の次は激しくしてやるから」 「それならいいですけど」  この時点であと2回やることは確定している。明日も仕事なのに。この絶倫な彼は止められなくて、エッチが大好きな僕はもちろんそれを受け入れる。ゴムを付け替えたり、キスをしたりしながらまったりと次に備えていると彼が動き始めた。 「さて、やるか」 「もう復活したんですか!?」 「うん。挿れるよ」 「ああ、待って……あっあっ」  ゆさゆさ揺さぶられながら、快楽の合間に彼への淡い想いを募らせる。  河合さんとこんな風に関係を持つようになったのは少し前の事だ。それまでは、今日みたいに無理難題をこなした後ご飯に連れて行かれるというのが定番だった。彼なりに気を遣ってくれていたのだろう。  その日も河合さんに連行されて、ご飯を食べに行っていた。 「あれ、薫くん?」  誰だっけ?この人は確か……えーっと、ちょっと前に寝た人……だろうな。お気づきかどうかはわからないが、僕はかなりセックスが好きな人間だ。3度の飯よりセックスが好き。男が好きな僕は抱くより抱かれたい派。彼氏ができても僕の性欲の強さが原因で別れる事が多い。その頃はマッチングアプリで知り合った人とセックスしまくるという人には到底言えない日々を過ごしていた。 「どうして連絡くれないの?」  えー、だって1回で終わるような人好みじゃないし……とは言えずどうしたかものかと考える。 「こいつ誰?」 「あー、えーっと」 「あなたこそ誰なんですか?薫くんとどういう関係なんですか」  ちょっとまずいぞ?河合さんにバレる。余計なこと言うなよ? 「彼氏だけど」  彼氏!?かかかか彼氏!?思わず河合さんを仰ぎ見て、そういう事だという顔をして彼の方を見る。 「え……薫くん」  お前彼氏いるのに俺と寝たの?みたいな目で見るのやめて下さい。最低最悪野郎じゃないですか!  ……まぁ、いいか。この人にどう思われても。もう1回はないと思った人だし。 「そういう事なので、さよなら」  なんとも言えない表情の彼を残しその場を立ち去る。よし、一件落着……ではない。 「これでよかった?」 「はい、助かりました」 「で、あれは何だったんだ?」  ですよね、気になりますよね? 「えーっと……その……」 「友達ではないよな。付き合ってた……とか?」 「付き合ってはないです。1回やっただけで」 「やった?」 「間違えました。1回会っただけです」 「は?」 「ご飯を食べただけです」 「ふーん」  何か話題を変えなければ。 「で、やったと」 「だから……」 「俺ともできる?」 「はい?」 「初対面のやつとできるんだから俺ともできるよな?」 「初対面だからできるような……」 「よし、俺の家来い」 「本気ですか?」 「うん」  河合さんと寝るのかー。ちょっと想像できないけど……まぁ、いいか。 「はぁ、分かりました。あの先に言っておきますけど、1回で終わったりしないでくださいね。満足できないんで」 「ふーん。それなら大丈夫だわ」  何が大丈夫なんだろうかと疑問に思っていた僕はその言葉の意味を身を持って知る事になる。  めちゃくちゃ好みの体つきにグラっときて、巨根にときめき、何度達してもすぐに復活する絶倫ぶりに慄き、確かに大丈夫だわと大満足の余韻に浸りながら思ったものだ。  その日から僕はすっかり河合さんの虜になってしまい、彼としかセックスをしなくなった。誰よりも僕を満足させてくれる彼がいればそれでいい。   「河合さん……今日泊まってもいい?」 「動けない?」 「無理です……」 「いいけど、シャワーだけ浴びろよ」 「はい……分かりました……」 「おい。チッ、仕方ねーな」  彼が抱き上げてくれた。そのまま浴室に連れて行かれて体を流してもらう。彼は毎回動けなくなる僕をきれいにしてくれる。置いてあるパンツを履いて河合さんの少し大きめなスウェットに身を包み、髪を乾かしてもらって歯を磨き、また寝室まで連れて行ってもらう。この一連の流れが至福の時だ。  河合さんは僕に当たりが強いと言われたけれど、そんな事を感じたことはない。いつもちゃんとフォローしてくれるし、気遣ってくれる。最初は体の相性が最高な人としか思っていなかったのに、一緒に過ごす時間が増え彼の優しさに触れて、いつの間にか恋心を抱くようになっていた。  彼の腕の中にすっぽりとおさまり、背中をトントンされるとすぐに睡魔はやってきて、胸に顔を埋めた。好きです、河合さん――。でも、今の関係を壊したくなくて言えない。せめて今だけは僕だけのものになって。 ◆◆◆  俺の腕の中でスヤスヤと眠るこの男に、俺は長年片思いをしている。そっと頭に口づけを落として抱きしめた。彼の温もりを感じるこの時が最高に幸せだ。  でも、彼は残念なことに俺のことをセフレとしか思っていない。彼が他の男と関係を持っていたことを知って激しく嫉妬し、半ば強引に部屋へ連れ込んで彼を抱いた。それがこの関係の始まりだった。  彼は驚くほどにセックスが好きで、俺の体を気に入ってくれているという自負はある。いつも俺を何度も求めてくれるから。ただ、俺が求めている関係はセフレではない。彼に俺の事を好きになって欲しい。素直になれない俺はいつも接し方を間違えてしまって、恋人になるには程遠いところにいる。彼を抱けるようになっただけマシなのか……。今日も切ない想いを抱えながら眠りにつく。
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