幻のハイウェイ

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         -1- 「よお木崎(きざき)、久しぶり!」  スーパーで彼女と買い物を終え、車に乗り込もうとした時に、駐車場の車の陰から派手なデザインの黒いTシャツを着た長い茶髪の男が現れ僕に声を掛けた。彼女はそれに気が付かずに先に助手席に乗った。僕は外見からは誰だか分からないその男を見て立ち尽くた。しかし、聞き覚えのある声が次第に僕の記憶を呼び起こした。そのすっかり容姿の変わった大学時代の友人と出会ったのは実に3年ぶりのことだった。 「山本か?!」 「そう、俺だよ俺! 山本修二!」 「東京に行っていたはずだよな。いつ戻って来た? それにその髪! スポーツ刈りだった頃のイメージとまるで違う」 「去年、札幌(ここ)に戻ってきた。そして大学時代のメンバーを集めてバンドを再結成させたんだ。インディーズでデビューも決まったんだぜ!」 「へえ! 夢が叶ったんだな」 「俺の彼女の親父が()うての音楽プロデューサーでさ」 「は? コネでデビューするのか?」 「運も実力のうちだぜ。助手席に乗ってるのが彼女の恵美(めぐみ)」  山本が茶色い長髪をかきあげながら車に目線を向けた。助手席に、ワインレッドの長い髪が見える。僕は後部座席にも黒のショートヘアの女性が乗っているのに気がついた。 「後ろの子は元カノだよ。今は友達として付き合ってる。これから元カノを家まで送るところさ」  僕は大きな排気音を響かせる山本のシルバーの車に歩み寄った。その型の古い軽のジムニーは光沢を失い、所々の塗装が剥げたり錆びたりしていた。 「JA11型ジムニー。こいつともそろそろおさらばさ。メジャーデビューしたらゲレンデ※を買ってやる」 ※メルツェデスの高級大型4輪駆動車  僕は運転席側の開いている窓から助手席の恵美と後部座席の子にあいさつをした。二人は僕に軽く会釈をした。恵美はとても綺麗で、うしろの子はとても可愛い感じだった。運転席に改造されたマニュアルのシフトノブが斜めに長く伸びている。僕はふと運転席のメーターを見た。そして思わず声を上げた。 「188888キロ!」 「下5桁がゾロ目。こんな時にお前と会うなんて何かの縁だぜ」 「修二。早く、行きましょ」  助手席の恵美が無表情に山本に言った。 「俺のデビューライブには来てくれよな。新しい携帯番号を教えとく」  お互いの携帯電話の番号を交換したあと、山本は車に乗り込んだ。それから僕に一本のカセットテープを渡した。 「俺のデビューシングル。聴いてみてくれよ」 「いまどき、カセットかよ?」 「それが一番便利なんだよ。じゃ」    山本の車がガタガタと音を立てながら駐車場から出て行った。 「誰?」  僕が車に戻り運転席に座ると助手席の由美が訊いた。 「大学時代の友達だよ。何年も会っていなかった」 「一緒にお昼でも食べればよかったね。せっかく久しぶりに会ったんなら」  僕はカセットテープを由美に渡した。由美は手書きのラベルを読み上げた。 「『ハイウェイ・イリュージョン』、『ネバー・フォーゲット・アワ・ドリームズ』?」 「『ハイウェイ・イリュージョン』がバンド名だよ。『ネバ―・フォーゲット・アワ・ドリームズ』は曲名。奴のデビュー曲らしい」  このあと僕たちがある殺人事件に巻き込まれてゆくことを、この時はまだ知る由もなかった。  
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