私の名前は「おうい」じゃありません!

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「おうい、ちょっと散歩いってくる」  和彦(かずひこ)恵子(けいこ)に対してそう声をかけるのはここ2年の習慣ではない。いつからかは思い出せないが、きっと20年は繰り返されたやりとりだ。長い習慣となっているが、いざ夫が定年を迎えて家で過ごす時間が増えると、この「おうい」という言葉がどうにも気になってくる。朝から晩まで「おうい」と呼ばれることとなるわけだ。  先に断っておくが、お茶を出したり、煎餅やらのお菓子を奥に取りに行くことが嫌なわけではない。自身の専業主婦生活が長いからか、夫の世話を焼く時間が無くなってしまえば、逆に自分の時間を持て余す。だから、夫に声をかけられて何か用事をする、そのこと自体は全く構わない。 「あなた、私には恵子(けいこ)という名前がありますのよ」 「うん、まあそれは知ってるけどよ」  そう、恵子(けいこ)の不満は、夫が名前で呼んでくれなくなったことだ。いつのまにかできた習慣に何か違和感を感じていたが、夫婦の時間が増えたことによって、不満の元が浮き彫りとなった。  いや、この不満が爆発して「これからはどうぞお一人で」なんて言うことはない。いまの生活自体にはそれなりに満足していて、夫との関係も悪いわけではない。昔から夫とは気が合う。
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