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◇
「おうい、お茶くれないか」
「ふふ、久しぶりに名前を呼んでくれましたね」
「? ……お茶を」
「わかりましたよ、あなた。すぐに用意するわ」
いつものやりとり、だけど恵子の反応が違う。和彦は困惑した表情を浮かべていた。
いつもよりも上機嫌な恵子の足取りは軽く、お茶と一緒に棚にしまいっぱなしにしていた羊羹も切って持ってきた。
お茶をすすり、羊羹を口に放り込んだ和彦が言う。
「おうい、散歩いってくる」
「また名前を呼びましたね」
「さっきからどうしたんだ。俺、名前で呼んでたか?」
恵子は自分のカバンから財布をスッと取り出して、カードを取り出した。右側に大きく恵子の写真が印刷されているそれは、運転免許証だ。……なにがなんだか、という表情をしながら和彦はそれを覗き込んだが、すぐに理解した。
「私の名前は、おういよ。改名したの」
「なに?! どうしてそんな」
「家庭裁判所で手続きをして、そのあと区役所にいったりしたのよ」
「いや、やり方を聞いてるのではなく」
「ちなみに、お、は長嶋茂雄の雄、うは宇野昌磨の宇、いは沢村一樹の一よ」
「いや、名前の由来を聞いてるわけでもなく……」
「これなら、あなたに名前を呼んでもらえるわね。雄宇一が本名なら、あだ名はオイでいいわ」
「……無茶なことをするな」
恵子、もとい雄宇一の大胆すぎる行動に、和彦は面食らった。しかし、激動の会社員時代を駆け抜けた和彦は、持ち前の頭の回転の速さで、一つの決断に素早くたどり着く。
「そうだ、こちらも」
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