開運堂

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開運堂

この店は祖父が始めたと聞いている。 祖父は、もともと本好きだったというわけではなかったのだが友達と本屋に行くと友達が買おうと思ってる本を、さっさと見つける名人だったらしい。それくらいなら、よくあることかもしれない。しかし、買おうと思っている本じゃなくて他の本を「絶対にいいから」と無理に買わせることもあったらしい。 友だちにしたら迷惑な話だったろうと思う。 ところが、祖父が勧めてくれて無理に買わせられたような本を読んだら実に不思議なことに、それまで悩んでたり苦しんでたりしたことが一気に解消したということが何度かあったらしい。 人間関係だったり、お金のことだったり。 たいていは悩みなんて、この2つだろうけど。それだってケースバイケースというか、必ず解決できる方法の書いてある本なんかあるわけじゃない。 ある人にはモーパッサンの「初雪」を勧めたらしい。 後日、人づてに聞いたところによると夫が浮気ばかりをしていて悩んでいたのが、本を読んで離婚に踏み切ったということだったようだ。慰謝料もたっぷりもらって楽しく暮らすことができたみたいだ。 また別の人だが傍から見ると恵まれていて、何不自由ない優雅な生活をしているセレブといってもいいような悩みなんか無さそうといってもいいような恵まれた境遇だった人が、この本屋にきて祖父から勧められた本を買って行った後、突然おしかけてきたのが祖母だったとか。 お嬢様育ちの祖母を養えるほどの売り上げがあるわけじゃない、一人で食っていくのがやっとだと断ろうとした祖父だったが、これはここで買った本のせいだと祖母にいわれたとたん、「わかった、好きにしてくれ」と言ってしまったと笑っていた。 もちろん祖母の実家とはひと悶着あったようだ。貧乏人の本屋風情に娘がたぶらかされたと思ったんだろう、と祖父はにやにや笑ってた。手切れ金を積まれたこともあったとか。ホントかどうかは分からない。 「どこの馬の骨とも知らない、しがない本屋だからなあ」と笑っていたのを覚えている。どんな本を祖母に勧めたのかも「覚えてない」といって教えてくれなかった。祖母はガンで割と若く・・・といっても50は過ぎてたみたいだけど、死んでしまっていて会ったことはない。だから祖母に本の名前を聞くことはできなかった。 なにしろ勧めることはするけど、それは本が光るから、その光ったのを渡すだけだという祖父。うん分かるよ、自分もそうだから。別に本の内容やタイトルをみてるわけじゃないもんね。なんかピンとくるんだ。祖父は「光る」っていってたけど、まあそんな感じかな。 父はそういう能力はなかったようだけど、それでもうちでバイトをしていた母と結婚したのは本のおかげだといってた。 いずれ僕も、この本屋をやっていくことになるんだろうけどな。一体ぼくの未来の伴侶がいつ来るかは分からない。お客さんに合った本をおススメしていくだけだ。 それがこの開運堂書店だからね。
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