5人が本棚に入れています
本棚に追加
約束
紗那とは高校卒業と同時に交際を始め、社会人になって仕事が落ち着いてきた頃に籍を入れた。交際から八年目のことだ。それから二人で絵に描いたような順風満帆な結婚生活を送っていた。
そして一年が経過した頃、紗那から妊娠したと告げられた。父親になるんだと思うと不思議な高揚感に包まれて、紗那の手を握って泣いて何度も礼を言った。そのときの紗那の嬉しそうな顔は今でもはっきりと思い出せる。
四ヶ月も過ぎた辺りから、お腹がだんだんと大きくなってきた。紗那が落ち着くからと、お腹を撫でて語りかけてあげるのが日課でもあり楽しみでもあった。
そんなある日。いつものようにお腹を撫でていると、紗那が真剣な表情でこちらを見ていることに気がついた。どうしたのか聞いてみると、うん、と不安げに小さく呟く。次の言葉をじっと待っていると、ややあって口を開いた。
「もし、私かこどもを選ばなくちゃいけなくなったら、迷わずこどもを選んでね。約束」
震えるような声色のその裏に、しっかりとした覚悟を秘めた言葉。突然のことに少しだけ戸惑ってしまったが、これがマタニティブルーなのかと精一杯の笑顔で頷くと同時に、大丈夫、大丈夫、そう何度も紗那に言い聞かせた。
最初のコメントを投稿しよう!