エピローグ

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「那岐、お前諦めろって言っただろ? 日宮先輩も、プロポーズしたって無駄です。美沙都は俺の大事な彼女ですから」  “彼女”という言葉に嬉しさが広がって、ギュッと抱きしめる腕にドキドキと心臓の音が駆け足になる。  そっと見上げると、「そうだよな? 美沙都」と甘い笑顔が降ってきた。 「は、はい! その通りです。なのですみませんが二人とも諦めてください」  ここはハッキリ断らないと風雅先輩に悪い。  そう思って、申し訳ない気持ちはあったけれどお断りの言葉を口にしたのに……。 「今はお前の彼女でも、この先どうなるかは分からねぇだろ?」  煉先輩が立ち上がり、不敵な笑みを浮かべる。 「それに言っただろう? 諦められないって。風雅っていう彼氏がいても、どんどん求愛アピールしていくから……覚悟しておいてね?」  同じく立ち上がった山里先輩は、優しい笑みを浮かべながらもどこか眼差しに黒いものを含ませていた。  ハッキリ断ったのに諦めてくれない二人に途方に暮れて、わたしは助けを求めるようにお父さんを見る。  わたしと視線が合ったお父さんはハッとして真面目な顔をした。 「子供たちの恋愛に口を出すつもりはないが、これだけは言っておく」  キリッとした顔で何を言うのかと思ったら……。 「美沙都は成人するまで嫁には出さないからな!」 「……」  お父さん、今言って欲しいのはそういうことじゃないんだけれど……。 「ってことは、勝負は残り五年か」 「五年ね……。それだけあるならたくさんアピールする機会はありそうだ」  お父さんの言葉が免罪符みたいになっちゃったのか、そんなことを言う煉先輩と山里先輩。 「え、ええぇー……」  もう本当にどうすれば。 「ッチ、逃げるか」 「え?」  舌打ちと一緒に降りてきた言葉に疑問を浮かべていると、風雅先輩が体に力を入れて翼を出した。  フワリと、反動で抜け落ちた黒いカラスの羽がいくつか舞う。 「美沙都、飛ぶぞ」 「は、はい」  飛んで逃げると気づいたわたしは、慣れた手つきで風雅先輩の首に腕を回した。 「穂高さま! ちゃんとしたご挨拶はのちほど!」  わたしを抱いた風雅先輩はそう叫ぶとすぐに地を蹴る。  バサリと大きな翼が羽ばたき、風が舞う。 「滝柳! お前いつも言ってるけど飛んで逃げるのは卑怯だぞ!?」 「あーあ……。まあ、今は仕方ないか」  怒りをあらわにする煉先輩と、仕方なさそうに息をつく山里先輩の声を後にわたしは風雅先輩と飛び上がった。 「あー! 僕も連れてってよー!」  途中でコタちゃんの声が聞こえてきたけど……ごめんね、今は二人だけにして欲しいな。  後でちゃんと謝っておこうと思いながら、大好きな人と空を飛ぶ。  初めてこうして風雅先輩と空を飛んだのは夕方だったっけ。  今は昼前だから青空が広がっている。 「まったく……美紗都が可愛すぎるのも問題だな」 「えと、可愛すぎるってことはないかと……」  不満げにつぶやく声に、照れながら否定する。  でも、そうするとムッとした表情で「美紗都は可愛い」と断言された。 「うっ……はい」  嬉しいけれど、今はただでさえ抱きついている状態で物凄くドキドキしている。  あまり可愛いなんて言われたら心臓飛び出しちゃうよ……。 「美紗都は俺の大事な使命で、それ以上に大事な俺の彼女なんだからな?」  ちゃんと分かってるのか? って念押しされる。 「わ、分かってますよ!?」  こんなにドキドキしてるって、伝われば分かってもらえるのかな?  なんて思うけれど、伝わったら伝わったで恥ずかしい。  ドキドキしすぎて、恥ずかしすぎて、体温が上がってきた気がする。  そんなわたしに、風雅先輩は少し意地悪な笑顔を見せた。 「じゃあ、これは俺の彼女っていう(あかし)な?」 「え?」  何が? と思ったときには、額にやわらかいものが触れてチュッと音がした。  おでこにキスされたと理解した途端カァッと顔に熱が集まる。  そしてそんなわたしの反応を見て、風雅先輩は満足そうに微笑んだ。 「他の誰にも渡さない。美紗都は俺の彼女なんだから」  抱く腕に力を込めて、また念を押すように告げられる。  だからわたしは、照れるけれどうなずいた。 「はい……わたしは、風雅先輩の彼女ですから……っ!」  言い切ってしまってから、急激に恥ずかしくなってしまって風雅先輩の胸に顔を(うず)める。  トクトクと早い心臓の音は、わたしのものなのか風雅先輩のものなのか。  分からないくらい同じ速さで鳴っている。 「まったく……本当、可愛すぎて困る……」  つぶやきに視線だけを上げると、耳を赤くした風雅先輩が見える。  夕日の赤色で隠せないから、よく分かった。  わたしたちはギュッと抱き合って、もうしばらく快晴の空を飛ぶ。  夏の気配を感じられる空は、風雅先輩の《感情の球》と同じ色をしていた。 END
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