気づいた気持ち

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気づいた気持ち

 ガラッと、風雅先輩の力なのか風が吹いたと思ったら保健室のドアが勝手に開いた。 「失礼します」  断りを入れて保健室の中に入った風雅先輩だったけれど、保健室の先生は不在だったみたいで返事はない。  ベッドのカーテンも全て空いていて、本当に誰もいない。  風雅先輩は風の力でドアを閉め、手前のベッドに近づくとわたしをゆっくり下ろしてくれた。 「……美沙都、大丈夫か? ごめんな、駆け付けるのが遅くなって」 「そんな……風雅先輩が、謝ることじゃ……」  横になれて少し楽になったわたしはゆっくりとだけれど話す。  本当に申し訳なさそうな顔をする風雅先輩に、逆にこっちが申し訳なくなった。 「本当に何もされてないのか? ならどうしてこんなに具合が悪そうなんだ?」  上履きを脱がせて布団をかけてくれながら、心配される。  本当に色々と申し訳ない。  少し迷ったけれど、ちゃんと話さないともっと心配をかけてしまうかもしれないと思って全部話した。  彼女たちはわたしのことをあまり良くは思っていないけれど、本当に話をするだけのつもりだったこと。  無意識に感情が流れ込んできて、わたしが勝手に具合が悪くなったことを。 「だから、本当に彼女たちは悪くないんです。風雅先輩も気にしないでください」 「……でも、そういう感情を向けられたことは事実なんだろう? そこまであいつらをかばう必要はない」  正確には風雅先輩に気にして欲しくなくてそう言ったんだけれど、彼は憤然(ふんぜん)とした様子で言い捨てた。  すると風雅先輩の肩に乗っていたコタちゃんがゆっくりとわたしの顔の近くに来てくれる。  いつもはふわふわな白い毛が今はまだ少ししっとり濡れていた。 「コタちゃん……。ありがとう、コタちゃんが風雅先輩を連れて来てくれたの?」 「キー……」  コタちゃんも何だか申し訳なさそうな様子に見える。  もしかして守れなかったとか思ってるのかな? 「コタちゃんがいてくれていつも助かってるよ? ありがとう」  そう言って手をそえると、いつものように頬にスリスリしてくれる。  元気出たかな? 良かった。  そう思ってわたしもスリスリと頬ずりする。  しっとりしてても、コタちゃんは可愛かった。  すると、反対側の頬に風雅先輩の指がそっと触れる。  頬にかかっていた髪を耳に掛けてくれると、その指は離れていく。  離れていくキレイな手を目で追うと、そのまま風雅先輩の顔に引き寄せられた。  まるで愛しいものを見るような優しい眼差しで微笑む、とてもキレイな男の子。  トクリ、とわたしの胸も優しく跳ねた。  でも同時にさっき言われたことを思い出す。 『風雅くんには使命があるの。その使命とあなたを天秤にかけたら、あなたなんてアッサリ捨てられるに決まってるわ』  そんな薄情な人じゃない。  今の微笑みを見て、なおさらそう思う。  でも使命とまで言われるようなものと比べたら、わたしの存在なんて小さなものだろうなって思った。  ツキン。 「……風雅先輩には、使命があるんですか?」 「ん? なんだ、突然?」  針を刺したような胸の痛みを思い出して、思わず聞いてしまう。 「……煉先輩や、さっきの子達も言っていたので……」 「ああ……」  理由を告げると納得したような声が返ってきた。 「そうだな、山の神の大切なものを守るために霊力を与えられたのが俺だから」  やっぱり、大事な使命なんだな。  その目に確かな力強さを垣間見て、それを確信する。 「風雅先輩にとって、大事な使命なんですね」 「……そうだな。前まではそこまで気にしてなかったんだけど、今は本当に大事な使命だと思ってるよ」  そう言ってわたしの頭を撫でてくれる風雅先輩。  この手は、やっぱり小動物扱いしてるからなのかな?  そう思うと、またツキンと胸が痛んだ。  これは、もう自覚するしかない。  煉先輩や山里先輩のことでは何を言われても気にならなかったのに、風雅先輩のことだけは言葉の一つ一つが胸に突き刺さってきた。  風雅先輩には大事な使命があると聞いて、寂しい気持ちになった。  ……多分それは、わたしよりも大事なものだから。  今までは、優しくしてくれるのも特別扱いしてくれるのも、小動物か子ども扱いをして可愛がってくれているだけだと思ってた。  ……思い込もうとしてた。  でも、そういう扱いをされるのは苦しいって、今はもう心が痛みをうったえてくる。  だから、自覚するしかないんだ。  わたしは、風雅先輩が好き。  風雅先輩の優しさがわたしの勘違いだったとしても。  大事な使命があって、わたしよりもそっちを優先したとしても。  風雅先輩にとって、一番の女の子じゃなかったとしても。  それでも、わたしは風雅先輩が好き。  その気持ちだけは、もう変えようがないところまできてしまった。  だから、胸の痛みを感じつつも今はこの温かい手に甘える。  甘えて、目を閉じて……そのままわたしは眠りに落ちた。
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