エピローグ

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 お父さんも少しは冷静になってきたのか、神様っぽさが戻って来ていた。 「君が日宮の鬼だね。嫁探しの許可はしたけれど、少し強引なのではないかな?」  ひざまずいた煉先輩に、お父さんはたしなめるように叱りつける。  眠っていても里のことは見ているって聞いたけれど、本当だったんだ。 「やはりご存じでしたか……少々強引な手段を取ろうとしてしまったこと、申し訳なく思っています」 「ならば、娘にも謝罪を」  お父さんの求めに、煉先輩は「はい」と頷く。 「美沙都、おいで」  呼ばれてためらいつつお父さんの近くに行くと、煉先輩がひざまずいたまま深々と頭を下げた。 「美沙都、お前の了承も得ずに街まで連れ去ってしまったこと、申し訳なかった」 「いえっ……それは、ちゃんと反省して同じことをしないと誓ってくれるならもういいんです」 「ああ、無理に連れて行くことはしないと誓う」  ハッキリと、みんなの――山の神であるお父さんの前で誓ってくれたのでホッとする。  神様に誓ったことを破るほど、煉先輩は浅はかではないと思うから。 「良かった。……あの、ケガはもう大丈夫なんですか?」  安心出来たので、わたしは気になっていたことを聞いた。  わたしを守って負ってしまったケガ。  すぐに傷は塞いだけれど、痛みは残っていると言っていた。  歩けているなら大丈夫だと思うけれど……。 「ああ、数時間後には痛みも引いていた。美沙都のおかげだ。……ありがとう」  顔を上げてお礼を口にした煉先輩はやっぱりいつもより優しい目をわたしに向けてくる。  どうしてだろう?  反省したから?  うーん、でもそれなら申し訳なさそうな顔するよね?  分からなくて《感情の球》を見ようか迷う。  いや、でもむやみに見るわけには……。 「あのときちょっと思ったことがあってよ……。それを聞いて欲しいんだが……」 「え? あ、はい」  今の疑問の答えになるかもしれないと思って、うながす。  すると煉先輩はお父さんに顔を向けて。 「山の神・穂高さま。あなたにも証人として聞いて欲しい」 「まあ、聞くだけなら……」  何をするのかと不思議そうにしつつもお父さんが許すと、煉先輩はわたしの右手を取ってまた優しい笑みを見せる。 「美沙都が俺のケガを治してくれたとき、お前の優しさを知った。その優しさに、俺はどうしようもなく心惹かれた」 「え? 煉先輩?」 「美沙都、俺はお前のことが本気で好きになった。……だから、正式にプロポーズさせてくれ」  そして、右手の甲に煉先輩の唇が触れる。 「……え?」  疑問の声を上げたけれど頭は真っ白。  何とか頑張って理解しようとしているうちに、今度は山里先輩が煉先輩の隣にひざまずきわたしの左手を取る。 「は? 山里先輩?」 「日宮はずるいなぁ。先にそういうことサラッとやっちゃうなんて」 「あ、あの……?」  山里先輩はいつものホワホワした癒されそうな笑顔。  でも、行動が煉先輩と重なり過ぎていて……。 「瀬里さん……ううん、僕も美沙都さんって呼ばせてもらうね」 「え? あの……はい」  戸惑いつつも、断る理由もなくて了承した。  名前呼びよりもその先の話が気になったせいもある。 「美沙都さん、僕もあなたが好きです。初めて会ったときから優しくて可愛い君に心奪われた」 「え……あの……」 「君が風雅を好きなことは知っているけれど、やっぱり諦めきれないんだ。……ごめんね?」  謝りつつ、煉先輩と同じようにわたしの左手の甲に唇を落とした。  わたしはといえばもはや頭の中は大混乱。  煉先輩は今まで本気でわたしを好きってわけじゃなかったのにどうして突然!?  山里先輩は優しいと思っていたけれど、まさか本当にそういう好意があったなんて……。  分からなくて《感情の球》を見る。  もうむやみに見るわけには、とか言ってる場合じゃない。  でも、集中して見えた赤と白の球が発しているのはピンク色の光。  勘違いしてしまうような、薄っすらしたものやチラチラと他の色が混じってるようなものじゃない。  明らかに好きとか愛しいという感情のハッキリとした優しいピンク色。  《感情の球》を見てしまったことでさらに困惑してしまうことになっちゃった。  二人の本気を知ってしまって、どう断るべきかと困ってしまう。  わたしには風雅先輩がいるのに。  思うと同時に風雅先輩がいた場所に目を向けると、そこに彼はいなかった。  どこに? と思う間もなく、誰かに後ろへ引かれその人の腕に閉じ込められる。  何度も包まれたことのあるその腕は、風雅先輩のものだとすぐに分かった。
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