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第6回 海と山
「皆さん、こんばんは。今日で私の講座は最終回です」
千也さんは元気に言うと、腰を折って頭を下げてくれた。
「では今回は皆さんに質問をしましょう」
そう言ってからホワイトボードに小さな子供が描くような絵を描く。半分に山、半分に海。
「海と山があります。あなたとパートナーはお休みの日にお出かけをしようと思っています。
あなたは山に行きたいと思っていますが、パートナーは『海に行きたい』と言っています。さあどうしましょう?」
そこで言葉を切ると、室内をぐるりと見回した。
新入社員たちはキョトンとした顔をしながらも考え始める。
「私は彼が海に行きたいと言うのなら、海について行きます」
最初に立ち上がって答えたのは、フル参加の真面目そうな女子だった。何人かが頷いている。
千也さんはうんうんと頷きながら「素敵ね」と言う。私は6回聞いている質問と答えだが、不思議なことにいつも最初はこの意見だった。
「では他にどんなパターンの答えが想像できる?」
千也さんはそう言ってまた周りを見回してから、海と山の絵の間に
『Aー相手を優先してついていく』と書いた。
「相手を説得して自分の行きたい方に一緒に行くもあると思います、僕は違うけど」
最後の方はちょっとおどおどしながら男子社員が答えた。
「うんうん、素敵ね」
千也さんはまた頷いて、今度は
『Bー自分の行きたい方に一緒に連れて行く』と書いた。
「他には?」
そう言われてみんながちょっと首を捻りながら考えたあと、また別の女子が
「話し合って二人で決めるもあると思います」
と手を上げながら答えた。
「それも素敵ね」
千也さんはやっぱりそう言って
『Cー話し合ってどちらかに決める』と書いた。
「他にはないかしら?」
ちょっと静かになって数十秒が流れる。するとフル参加ではない男子社員が座ったまま口を開く。
「……絶対一緒に行かないといけないんですか?」
誰もが彼の方を見た。彼はちょっと居心地悪そうにしながら、
「だってせっかくの休みなんだから、どちらも行きたい方に行けばいい」と不貞腐れたように続けた。
「それも素敵ね」
千也さんは、そう言いながらホワイトボードに振り返ると
『Dーそれぞれが好きな方に行く』と書いた。
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