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「手伝うよ」
晩ご飯の後片付けをしていると、秀人が隣にやってきた。
「いいわよ、疲れてるでしょ?」
「それは景子も同じ。子育てのほうがエネルギー消費するだろ?」
「じゃ、洗ったの拭いてってくれる?」
「オッケー」
しばらく、無言で夫婦の共同作業に没頭する。
この一見なんでもないような時間が、私は好きだった。
姉妹の確執に、少なからず夫を巻き込んでしまったという負い目を、この人はそれごと包み込んでくれたんだ。
大らかで温かくて心が広い、穏やかな海のよう。
「仕事のほうはどう?」
「笑っちゃうくらい引っ張りだこだね」
「笑っちゃうくらいなの?」
「だって景子も今、笑ってるじゃん」
そういえばそうだと、二人でクスクスと笑いだす。
けれど私がそうやって笑顔でいられるのは、私たちの揉め事が秀人の仕事には何も影響がなかったから。
それはきっと『北島秀人』という役者の、仕事に対する真摯な姿勢だろう。
飄々としているように見えて、演技にはストイックで妥協を許さない。そうやって下積み時代から培ってきたものは、少しのことでは揺るがないんだ。
そしてもう、秀人に迷惑をかけることもなくなった。
「ねぇ、凛花のことだけど…」
「ん?」
「あの子、また女優の仕事がやりたいんじゃないかしら?」
それはずっと、心に引っかかっていたこと。
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