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私は、母と並び、食器を洗っていく。部屋には、食器がぶつかり合う音が静かに響いていた。隣の部屋からは、テレビゲームの音と、拓也くんの叫ぶ声が聞こえる。私の家は娘だけで、いつもおままごととか、人形で遊んだりとか、そんなことばかりなので、家が騒がしい様子は新鮮だった。
「よし、終わり。ありがとう」
母の言葉に「いやいや」と首を振る。
「ここにいる間は、家事も全部するから」
「そうなん。無理せんでええけどな」
母はタオルでごしごしと自分の手を拭く。
「お母さん、ごめんな」
私が言うと、母は首を傾げる。
「え、何が?」
「いや、その、急に帰ってきて、ごめんな」
「別にかまへんよ。ここはあんたの実家やねんから」
その言葉に、さらに申し訳ない気持ちが大きくなる。
「うん。ありがとう」
私は、夫を放り出し、実家に帰ってきた。自分は責められるのではないか、そう覚悟していた。しかし、母の優しい言葉に触れ、そういった不安は消え、夫に対して抱いていた憎しみも溶けてなくなりそうだった。
「辛かったらいつでも帰ってきていいんやからね」
母が去り際に、そんなことを言う。私はその言葉に、呆然としてしまう。
母もまた、結婚で生家から遠く離れてこの家に来たことを思い出す。私とは違って、この家に嫁ぎ、祖母や祖父、つまり姑と上手くやっていくのも大変だったろう。
私なんてそれと比べたら、大したことはない。何か自分が、とても弱い人間のように思えてしまった。
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