独り言ち07 年に一度の…+α

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 超短編SS『恋蛍ーこいぼたるー』 □◆□◆□◆□  龍二は今日も拓海を撒き、ドライブデートをすべく、  千鶴をアパートまで迎えに来た。 「龍二さん、また拓海さんを置いてきたんですか?」 「デートするのに拓海は邪魔だろう?」  少しだけ呆れる千鶴。  だが、龍二はお構いなしだ。 「千鶴、何処か行きたいところはあるか?」 「特にはないんですけど…」  いつも要望を口にしない千鶴が、珍しくほんの僅かだが、遠慮が滲んだ。  龍二は、その心の裡を出させる、最恐の言葉をかける。 「千鶴、行きたい所を言わないと、このまま買い物だぞ?」 「海が見たいです」  『買い物』の殺し文句に、千鶴が即答する。 「海?」 「海じゃなくても…いいんですけど…ぁの、あまり…そういう所へ行ったことが無いので…」  しどろもどろな千鶴に、 「そうか、分かった」  龍二はそっと頬を撫で、目的地へ車を走らせた。  やって来た、誰もいない海原。  梅雨前の、すっきりした青空。  砂浜の白に、波際の白。  そして見渡す限り青い、凪の海が広がっていた。 「わぁ、綺麗」 「千鶴、裸足になるか?」 「いいですか?」  千鶴は、その場で裸足になる。  砂の少し暖かい、ざらざらした感触が気持ちよかった。  龍二も同じように裸足になり、膝下までスラックスの裾を上げた。  千鶴の手を取り、波打ち際に行こうとする。 「よし、行くぞ」 「え、入るんですか?」  千鶴は、何も準備していないことが気になり、躊躇する。 「大丈夫。さっき拓海に気取られて、持ってくるように言っておいた」 「ふふ。拓海さんも、振り回されて大変ですね」  大丈夫ということで、千鶴は遠慮なく波打ち際に踏み込んだ。  千鶴の真っ白な足先に、サワサワと優しい波が絡む。  少し冷たい感触が、千鶴の身体を清めていく。  瞳を閉じて、すぅっと深く息を吸うと、  潮の香りがまた心地よかった。 「龍二さん、連れてきてくれてありがとうございます」 「何もない、ただの海だがな」  千鶴は、ふるふると首を振る。 「私、これまで本当に何も感じて来なかったので…」 「これからは好きなだけ感じればいい。どこまででも連れていってやる」 「ふふ、龍二さんは本当にやってしまうから困ります」  千鶴の視線が龍二のそれと交わる。  龍二は、そんな千鶴の身体をその腕で囲った。 「俺がしてやりたいから、仕方がない」 「私は、龍二さんがいてくれればそれでいいんです」  千鶴は、龍二の懐で可愛く笑う。  その瞳には、控えめだが龍二に対する恋心が滲む。 「そうか…それなら大丈夫。俺が、千鶴の傍を離れることはない」 「私も龍二さんの傍に、ずっと…」  千鶴がそっと龍二の頬に触れると、龍二の瞳が優しく揺れる。  その視線に映るのは、千鶴の姿だけ。  それが千鶴の心の平穏の源だった。  龍二のキスが降ってくる。  触れるだけの柔らかなキス。  まだ慣れない千鶴だが、気持ちが伝わるキスは、  千鶴の心のキズを癒してくれた。  名残惜しそうに離れると、龍二の顔に苛立ちが乗った。 「…?龍二さん?」  千鶴をキュッと抱き締めて、睨みつけるように振り向く。 「拓海、早い」 「早くないし、勝手にいなくなるな。俺の仕事を増やすな」  その声のする方へ、千鶴が視線を向けると、  拓海が、荷物を持って仁王立ちしていた。 「拓海さん、すみません。私が海って言ってしまったので…」 「大丈夫だよ。千鶴ちゃんの我儘は、ワガママには入らないから」  拓海がそう言って、タオルを出してくれる。 「ありがとうございます。龍二さん、そろそろ戻りましょうか」 「いいのか?拓海が来たからといって、合わせる必要はないぞ?」 「いいえ、充分堪能しましたから。また、連れてきてください」 「そうか。じゃあ帰るか」  こうして、二人のドライブデートは、拓海の乱入で終わりを迎えた。  千鶴は、龍二の心遣いが嬉しかった。  龍二はこうして時間を作っては、  千鶴をあちこち連れ出してくれる。  それは、これまで独りで生きてきた千鶴が、  したくても出来なかった、ささやかな願い。  それを、龍二はどんな小さなものでも取り溢すことなく、  千鶴のために、ひとつ残らず叶えていった。  そんな龍二に対して、千鶴の心に灯る『恋蛍』  その情は、千鶴らしく慎ましやかな、  だけど、情熱的な恋心だった。  ー 終幕 ー  では、本日のお目汚しはこれにて…。  R06.06.07
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