とくんとした胸

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とくんとした胸

「なぁ、お前らさぁ、付き合ってんの? 」 僕の席の前に座って、同じクラスの佐々木くんが訊いてきた。 こんな質問は何度受けたか分からない。 「そういうんじゃないよ、僕たちは男同士だよ、ただの幼なじみだから」 「同性愛者の割合って一割はいるんだってよ、このクラスは四十人だから、四人は同性愛者ってことじゃん」 そう言われると結構いるんだな、とか妙に感心した。 けど、今は感心している場合じゃない。 「だからなに? だからって僕たちはそういうんじゃないから」 そういうんじゃないって、言い方がよくない、偏見を持っているような感じがして自分を戒めた。 でも、そういうんじゃない、んー、 「そうじゃない」 とりあえず言い方を改めてみたけど、佐々木くんにはどうでもよかったようで、 「向井田はそうじゃなくても、真伏は明らかそうだろう」 そんなふうに言われて、(え? )と怪訝な顔で佐々木くんを見つめた。 「真伏の向井田に対するラブラブ光線に気付かないわけないだろ? 」 「…… ラブラブ光線? 」 なにそれ、と思って顔がしかまったけれど、どうして皆んな分かってくれないんだとため息が出る。 柊宇だってそんなんじゃない、幼稚園の頃から僕たちはずっと一緒なんだ、誤解されるほど仲が良くてもおかしくはないんだよ。 でも周りにそんなことを言っても仕方なくて、もう諦めている。 へっへっへ、と笑いながら僕に話していたかと思った佐々木くんが、急に立ち上がって自分の席に戻るから、どうしたんだろうと不思議に思ったその時、視線を感じた。 教室の扉で仁王立ちした柊宇が、こちらを見ている。 だからか、だから佐々木くんは慌てて席に戻ったのか…… ふぅ、っとまた小さくため息を漏らした。 「俺、もう耐えられない」 「なにが? 」 学校からの帰り道、柊宇が不貞腐れて言う。 「唯生とクラスが違うって、もう、まじで耐えられない」 佐々木くんの言っていたことが頭をよぎった。 ── 真伏は明らかそうだろう 柊宇が同性愛者ってこと。 だとしたら、本当にそういう気持ちで僕といるのかな、って少し不安に思ったけれど、違う絶対にそんなはずない。 「べ…… 別に、こうやって登下校は一緒なんだからさ…… 」 なんだか口調がモゴモゴしてしまう。 「お昼だっていつも一緒に食べてるじゃない…… あ、いつもお弁当ありがとう、すごく美味しい」 「唯生のためならなんでもするよ、俺」 ニコッと笑って、さっきの不機嫌さはどこかへ飛んで行ってくれた。 明日から唯生のお弁当も作ってくる、と言った翌日から柊宇は僕の分も作ってきてくれて、なにでお返しをすればいいのか悩む。 母親からは何か買うように、学食で食べるようにと昼食代をもらっているから、なんだか悪いことをしている気になってしまう。 「ねぇ、いつもお弁当を作ってもらって申し訳ないよ、何かお返しさせてよ」 「いいんだよ、そんなの。唯生が美味しそうに食べてくれるから、それだけで十分に俺は満足だし」 「………… 」 「おかず、何かリクエストがあったら言えよ」 肩を抱き寄せ、僕の頭に鼻を押し付けてすんすんと匂いをかぐ。 「っちょっ!っと!今日体育で汗掻いたから、汚いよっ!」 って、そういう問題じゃない気はしたけど。 「汚いわけないじゃん、唯生が…… あ、ねぇ、夏休みさ、旅行しない? 」 「僕、お金ないよ」 「俺が出すよ」 「だめだよそんなの、親に怒られる」 「え〜、唯生とどっかに行きたいのにな〜」 まだ僕の肩を抱いたまま、柊宇が残念そうに口先を尖らせた。 「じゃあプールとかは? 」 「…… そんなの、いつも行ってたじゃん、高校生になったんだから、旅行ぐらいしようぜ」 こんな話しをしながら、僕だって少し楽しい気持ちになっているのが自分で分かる。 子どもの頃からずっと柊宇と遊んできたんだ、気も遣わないし、何より柊宇といると楽しいのは事実。 柊宇の言うとおり、周りの皆んながどう言おうが気にすることはないよね。 チリチリチリンッ! 突然の自転車のベルの音に、柊宇が僕を咄嗟に抱き寄せた。 「あっぶねぇなーっ!」 自転車に向かって文句を言っている柊宇。 僕の顔が柊宇の胸の中にすっぽりとおさまっている。 何? この、とくんとした僕の胸は…… 。
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