1339人が本棚に入れています
本棚に追加
とくんとした胸
「なぁ、お前らさぁ、付き合ってんの? 」
僕の席の前に座って、同じクラスの佐々木くんが訊いてきた。
こんな質問は何度受けたか分からない。
「そういうんじゃないよ、僕たちは男同士だよ、ただの幼なじみだから」
「同性愛者の割合って一割はいるんだってよ、このクラスは四十人だから、四人は同性愛者ってことじゃん」
そう言われると結構いるんだな、とか妙に感心した。
けど、今は感心している場合じゃない。
「だからなに? だからって僕たちはそういうんじゃないから」
そういうんじゃないって、言い方がよくない、偏見を持っているような感じがして自分を戒めた。
でも、そういうんじゃない、んー、
「そうじゃない」
とりあえず言い方を改めてみたけど、佐々木くんにはどうでもよかったようで、
「向井田はそうじゃなくても、真伏は明らかそうだろう」
そんなふうに言われて、(え? )と怪訝な顔で佐々木くんを見つめた。
「真伏の向井田に対するラブラブ光線に気付かないわけないだろ? 」
「…… ラブラブ光線? 」
なにそれ、と思って顔がしかまったけれど、どうして皆んな分かってくれないんだとため息が出る。
柊宇だってそんなんじゃない、幼稚園の頃から僕たちはずっと一緒なんだ、誤解されるほど仲が良くてもおかしくはないんだよ。
でも周りにそんなことを言っても仕方なくて、もう諦めている。
へっへっへ、と笑いながら僕に話していたかと思った佐々木くんが、急に立ち上がって自分の席に戻るから、どうしたんだろうと不思議に思ったその時、視線を感じた。
教室の扉で仁王立ちした柊宇が、こちらを見ている。
だからか、だから佐々木くんは慌てて席に戻ったのか…… ふぅ、っとまた小さくため息を漏らした。
「俺、もう耐えられない」
「なにが? 」
学校からの帰り道、柊宇が不貞腐れて言う。
「唯生とクラスが違うって、もう、まじで耐えられない」
佐々木くんの言っていたことが頭をよぎった。
── 真伏は明らかそうだろう
柊宇が同性愛者ってこと。
だとしたら、本当にそういう気持ちで僕といるのかな、って少し不安に思ったけれど、違う絶対にそんなはずない。
「べ…… 別に、こうやって登下校は一緒なんだからさ…… 」
なんだか口調がモゴモゴしてしまう。
「お昼だっていつも一緒に食べてるじゃない…… あ、いつもお弁当ありがとう、すごく美味しい」
「唯生のためならなんでもするよ、俺」
ニコッと笑って、さっきの不機嫌さはどこかへ飛んで行ってくれた。
明日から唯生のお弁当も作ってくる、と言った翌日から柊宇は僕の分も作ってきてくれて、なにでお返しをすればいいのか悩む。
母親からは何か買うように、学食で食べるようにと昼食代をもらっているから、なんだか悪いことをしている気になってしまう。
「ねぇ、いつもお弁当を作ってもらって申し訳ないよ、何かお返しさせてよ」
「いいんだよ、そんなの。唯生が美味しそうに食べてくれるから、それだけで十分に俺は満足だし」
「………… 」
「おかず、何かリクエストがあったら言えよ」
肩を抱き寄せ、僕の頭に鼻を押し付けてすんすんと匂いをかぐ。
「っちょっ!っと!今日体育で汗掻いたから、汚いよっ!」
って、そういう問題じゃない気はしたけど。
「汚いわけないじゃん、唯生が…… あ、ねぇ、夏休みさ、旅行しない? 」
「僕、お金ないよ」
「俺が出すよ」
「だめだよそんなの、親に怒られる」
「え〜、唯生とどっかに行きたいのにな〜」
まだ僕の肩を抱いたまま、柊宇が残念そうに口先を尖らせた。
「じゃあプールとかは? 」
「…… そんなの、いつも行ってたじゃん、高校生になったんだから、旅行ぐらいしようぜ」
こんな話しをしながら、僕だって少し楽しい気持ちになっているのが自分で分かる。
子どもの頃からずっと柊宇と遊んできたんだ、気も遣わないし、何より柊宇といると楽しいのは事実。
柊宇の言うとおり、周りの皆んながどう言おうが気にすることはないよね。
チリチリチリンッ!
突然の自転車のベルの音に、柊宇が僕を咄嗟に抱き寄せた。
「あっぶねぇなーっ!」
自転車に向かって文句を言っている柊宇。
僕の顔が柊宇の胸の中にすっぽりとおさまっている。
何? この、とくんとした僕の胸は…… 。
最初のコメントを投稿しよう!