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あともう少し
樹希さんと杏羽さんが代わる代わるで僕に会いに来ては、柊宇の様子を話してくれる。そしてきっと、僕の様子も柊宇に話してくれているのだろうと思う、すごく嬉しい。しっかりしないと。
落ちるはずがない、心配なんてまるでしていたなかった高卒認定試験に、柊宇が合格したと教えてくれた。
「どんなに成績優秀でも、これに合格しなきゃ大学受験はできないからね」
杏羽さんが眉を上げ、にやりとして言う。
そうか、そうだよね、高校を卒業しない柊宇は、大学受験をするためにこれは必須。
それにしても、樹希さんも杏羽さんもカッコいい…… 柊宇ほどじゃないけど、なんて思って頬を赤らめ目が泳いだ。
「唯生くんは? 受験はいつ? 」
「先週終わりました」
「そう、じゃあ、ひと安心だ」
「はい、指定校推薦なのでたぶん…… 大丈夫だと思うんですが…… 」
少し自信なさ気に話すと、
「合格したら連絡ちょうだいよ、前にメール交換してたよね」
杏羽さんがスマホを振りながら僕に言った。
いいのかな…… 柊宇じゃないから連絡取ってもいいんだよね、いちいち気になってしまう。
だって約束を破ったら、柊宇に逢えなくなってしまうもの。
そんな顔になっていたのだと思う。
「も〜う、唯生くんは心配性だな。大丈夫だよ、俺とのやりとりは。無事に合格したら柊宇に教えてやりたいからさ」
微笑んで杏羽さんが言ってくれるけれど、僕の眉は八時二十分のまま。
「それって、連絡を取っていることにならないんですか? 」
「なんでよ、俺が聞くんだもん。唯生くんが柊宇に伝えるわけじゃないじゃない、柊宇と唯生くんは連絡取ってないじゃん」
なんか、こんなへ理屈っぽい感じの話し方が柊宇に似てる。さすが兄弟だと思ってくすりと笑ってしまった。
「ん? なんかおかしかった? 」
「いえ…… ありがとうございます」
でも本当に、お兄さんたちには感謝でいっぱい。
十二月に入った頃で、来月にはS大の入学共通テストがある。
きっと柊宇は緊張なんてしていないんだろうけど、僕が緊張してきてカレンダーを見ては、あと◯日って、毎日数えた。
天気は大丈夫かな、共通テストの日は大雪になったりすることが多いって、なにかで聞いた覚えがある。柊宇のことだ、心配なんていらないだろうけど、でもやっぱり、そわそわハラハラしてしまう。
僕は無事に大学に合格して、杏羽さんにメールで知らせると “おめでとう!” って、くす玉が割れたり、クラッカーが弾けたりと、動くスタンプが送られてきて思わず笑った。
柊宇に伝えてくれたかな、スマホを抱きしめてそんなことを思った。
寒さが厳しくなってきても柊宇はジョギングを続け、僕は毎朝窓に立ち、柊宇が走って来るのを心待ちにして外を眺めている。
杏羽さんに大学合格のメールを送った翌日、いつものように走りながら、柊宇がポケットから何かを出すと、それを広げて僕に向けて持ったまま、颯爽と走り去って行った。
【 おめでとう!! 】
って大きく書かれた紙。
おかしくて嬉しくて、それでもやっぱり淋しくて、唇を噛んで涙をこらえた。
去年の大晦日は、二人でお参りに行き、二人で年を越した。
「来年は学業の神様神社に行こうな」
「柊宇はいかなくても大丈夫じゃない? 」
「だから、唯生のために」
「なんだよ〜」
なんて言って笑ってた。
年が明けて、学業の神様にお願いごとをするために一人で神社に行った。
『柊宇がS大に合格しますように』
絵馬に書き、掛けようと鈴なりになっている奉納場所でどこにしようか迷った。
他の人の上に掛けるのが申し訳ない気がしてしまう。でも、そうしないととても奉納できなくて、(ごめんなさい)って思いながら他の人の上に絵馬を掛けた。
柊宇のS大合否は心配していない。
受験までに何かトラブルがないようにと、無事に受験ができますようにと、そう願って絵馬を掛けた。
ものすごい高い場所の絵馬は、鈴なりになっていない。あそこまで届く背の高い人はそういないんだろうって、そう思って羨まし気に高い場所にある絵馬を見上げた。
その時、ふと見覚えのある、力強い大きな字が目に入る。
…… え?
『唯生!絶対合格!!』
それだけが書いてあって、願ってない、言い切っている。
おかしくて嬉しくて、本当に幸せに思って、僕は涙がぽろぽろとこぼれた。
大きな字で書いてあるから、絵馬を書いた日付も見えた。去年の十一月。
僕の受験に合わせて、柊宇が来てくれたのだと分かる。
柊宇、あともう少しだね。
僕たち、頑張ってるよね。
柊宇が書いてくれた絵馬を見上げて、僕は涙が止まらない。
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